こんにちは! ライターの佐々木ののかです。
突然ですが、皆さん、「筆耕」ってご存じですか?
結婚式の招待状の宛名書きや賞状の本文などを書いて生計を立てている人のことだそうです。筆一本で暮らしてるって何だかカッコいい!
でも、結婚式の招待状もおうちでプリントできる時代。筆耕者さんに依頼する人も減ってきていると聞きますが、その話、本当なの?
というわけで今回は、筆耕業も営んでいるハンコ屋さんの老舗、日本橋「星野印房」さんにその真相と、筆耕業界の未来についてお話を伺ってきました!
今回お話を聞いたのは星野印房の星野専務(左)と、筆耕者の久守先生(右)です。久守先生は星野印房さんの事務所に常駐して仕事を受けているほか、自営の筆耕者としても活躍されています。
「こんにちは! 筆耕ビギナーなのでわからないことだらけなのですが、よろしくお願いします!」
「先生が何でも答えてくれるので大丈夫ですよ」
「筆耕についてならなんでも聞いてください!」
結婚式の招待状を筆耕業者に頼む人たちって減ってるの?
「早速お伺いしていきたいんですけど、結婚式の招待状を筆耕者さんに頼む人って減ってきているんですか?」
「そもそもなんだけど、結婚式が今のように招待状を出すかたちになったのっていつからだと思う?」
「え! え~っと、半世紀くらい前とかからですか......?」
「うーん、そうね、少なくとも戦後から始まったんだよね。戦前は、旅館とか料亭さんとか、そういうところでご近所さんやお身内だけでやっていたの。それが昭和30年くらいになると、ホテルでウエディングみたいな形になって、その頃から一般の方も、招待状をつくるようになったんですよ」
「ということは、結婚式の招待状を筆耕業者さんに頼む文化も、最近のこと......?」
「その通りです。だから『筆耕じゃなきゃいけない』っていうのも、歴史的にそんな長いわけじゃないんですよ」
「考えたこともなかったです。でも、ここ50年間の短い間で見ても、『筆耕者さんにお願いしたい』というニーズは減っているんですか?」
「減ってはいますね。パソコンやプリンターが普及して、結婚式の招待状もご自分で作る方が増えてきていると思います。でも、筆耕のお仕事が完全になくなるっていうこともないと思います」
「そうなんですね。わたし、結婚式を挙げたことがないんでわからないんですけど、筆耕者さんに頼むと、どういうところが良いんですか?」
「やっぱり思い入れだろうね。招待状が届いたときに手書きの文字と印刷した字だったら、手書きのほうが嬉しいし、何かカッコいいでしょ?」
「カッコいいです! 私の友達なんかは『自分で印刷したら右上がりになっちゃったから、ごめんね』って笑ってました(笑)」
「そういうのを気にしないのであれば自分で印刷しても問題ないんです。価値観はそれぞれですから」
「あとは、筆耕業者がどこにあるのかわからないっておっしゃる方が多いと聞きます。筆耕者さんは自宅で仕事されている方も多いので、マンションの一室までお願いしに行くのってハードルが高いみたいで」
「確かに、星野印房さんみたくホームページがあればいいけど、いざ頼もうって思っても、どこに頼んだらいいかわからないかも......」
ぶっちゃけやっていけるの? 筆耕業者さんの「内情」に迫る
「結婚式の招待状の依頼が少なくなってきていると伺ったんですけど、正直なところ業界的には厳しいんですか?」
「まあでも、筆耕のお仕事は結婚式の招待状だけじゃないですからね。企業の社長交代式の案内状とか、学位記、総理大臣賞の賞状書きなんかもやったことがあります」
「総理大臣賞の賞状が印刷だったら、ちょっとありがたみに欠けますもんね(笑)。他に、『これはすごい!』って思ったところからの依頼とかってありましたか?」
「有名デザイナーさんのコレクションの招待状を担当することになったときは、規模感や華やかさに驚きましたし、嬉しかったですね。あとは件数の多さだと、企業さんのパーティーのあて名書きとかかな」
「ちなみに1案件で最大何枚くらい書くことになるんですか?」
「10,000件くらいかな?」
「10,000件! それを先生が1人で?」
「さすがに書けないですよ(笑)。他の筆耕者さんにも頼んで、みんなで書きます」
「ちょっとホッとしました(笑)。それでもたくさん書くんだろうなぁ。1日でどのくらい書けるものなんですか?」
「私は100枚くらいかな」
「1日で100枚も書いちゃうんですか? 腱鞘炎になりそう......」
「若い頃はなりましたよ(笑)。急ぐと力が入っちゃうんです。でもさすがにもうコツが掴めたので大丈夫です」
「経験がモノを言う世界ではありそうですよね。先生って筆耕のお仕事を始められて何年くらいになるんですか?」
「20年くらいかな? 元々は筆耕者のような実用的な書道ではなく、書家として芸術作品の書道をやっていたんです。でも生まれた子どもが病気がちだったので、家でできる仕事を、と思って筆耕者を始めました」
「筆で身を立てられるなんてカッコいいです」
「習ったことはお金にしないとね(笑)。まぁでも書家と筆耕者は全然違うので、書家向きでも筆耕者向きじゃない人ってけっこういると思う」
「書家向きな人と筆耕者向きの人の違いってなんですか?」
「自分の思いを表現するのが書家で、誰にでもわかりやすい字を淡々と書くのが筆耕者だから、自分の字にお客さんからケチをつけられても柔らかい気持ちで対応できる人じゃないと難しいんですよ」
「確かに、芸術としての書道を極めていきたい人にとっては難しいかもしれませんね」
「そうなんです。だから、寛容な心を持った人しか筆耕者にはなれません(笑)」
「先生、自分で言ってる(笑)」
明治から続く4代目! 星野印房さんの今までとこれから
「星野印房さんってメインはハンコ屋さんだって伺いましたけど、かなり昔に創業されたんですか?」
「はい、私は4代目で、明治時代から続いています」
「えー! そんなに前から? 最初から同じ業態で?」
「元々は浮世絵の版元を彫っていたみたいです。それから、武士や商人の取引にハンコが使われるようになって、ハンコ屋になったんですよね」
「筆耕のお仕事はいつのタイミングでされたんですか?」
「これもごくごく最近ですよ。2代目の社長が百貨店さんに『印章印刷売り場』っていうのを最初に出したんですよ。そのときに筆耕のお仕事も始めたんです」
「どうして筆耕のお仕事を始めることになったんですか?」
「元々、筆耕のお仕事は生業になり得なかったんですよ。昔はみんな筆を使って書けていたからね。でも、少しずつパソコンが普及し始めて、筆を使える人が減ってきたときに、筆耕の需要が爆発的に増えたんです」
「昔は『経理部』や『秘書』と同じような感覚で『筆耕部』があった会社もありましたからね。今だったら考えられないけど、時代ですよね」
「筆耕者さんにお願いする人も少なくなってきましたけど、筆で書ける人も少なくなってきましたよね。後継問題とかってやっぱり深刻なんですか?」
「書道の専門学校もたくさんあるので、筆で書ける人自体はたくさんいるんですよ。ただ、そういう子たちって芸術志向が強いので、なかなか筆耕者を目指す人は少ないかもしれませんね。挫折して、筆耕者になってくれればいいんですけど(笑)」
「筆耕業もどんどんニーズが変化していますし、筆耕者の後継者ももちろんですが、星野印房の後継者問題も無いわけではないので、私の後継も絶賛募集中です(笑)!」
筆耕は贈り物? 筆耕者さんに実際に書いてもらった
きっかけは結婚式の招待状でしたが、筆耕の歴史を紐解き、筆耕者さんの苦労を伺うことで、筆耕というものにただならぬ興味を抱いてしまったわたし。実際に筆耕者さんが書いた文字を見てみたくなりました。
「先生、ひとつお願いがありまして......私の名前を書いていただけませんか?」
「もちろんですよ! ちょっと待ってくださいね」
「やった! ありがとうございます!」
「佐々木ののか」なんて、そうそういる名前でもないのに、慣れた手つきですらすらと書いていく先生。
さすがはキャリア20年。インタビュー時の柔らかい雰囲気から一転、その表情、姿勢からもプロの風格が感じられます。
そして、先生が魂を込めて書いてくれたあて名書きはこちら!
美しすぎて震える......。ラップを巻いて表札にしたいくらいです。家宝だ......。
プロの筆耕者さんに書いてもらう機会は普段なかなかありませんが、実際に手書きで書いてもらうと、かなりの感動もの。おうちでプリントできる時代だからこそ、受けとった人のためにも、特別な日には筆耕者さんに頼んでみると良いのかもしれません。
筆耕は、受け取る人への真心を文字に表してくれる、小さな贈り物でした。
■取材先情報
(有)星野印房
住所:〒103-0027
東京都中央区日本橋3-6-12
TEL:03-3271-5897
■店舗
〒100-0005
東京都千代田区丸の内1-9-1
グラントウキョウノースタワー
大丸東京店11F 印章印刷売場
TEL:03‐6895‐3223(印章印刷売場直通)
営業時間:10:00~20:00
(木・金のみ10:00~21:00)
http://hoshinoinsho.racms.jp/hikkou/
※スピード筆耕をやっています。
詳しくはお店までお問い合わせください。
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