ライターの根岸達朗です。
突然ですが、質問です。皆さんにとって......
結婚とは何ですか?
幸せになるための方法? ステータスのひとつ? それとも愛の終着点?
その答えを導くためのヒントが、この本のなかに書かれています。
はい。本日はこの本の著者である、内田樹さんにお会いするのです。
内田さんといえば、『寝ながら学べる構造主義』『日本辺境論』『下流志向』など、数々のベストセラーを持つ、著名な思想家の一人。本書はその内田さんが、現代のあらゆる「結婚のお悩み」に対してアンサーを返していくというもので、内田流「結婚のススメ」とでも申し上げるべき、意義深い内容になっているのです。
え? なんで結婚しなくちゃいけないの?
結婚しない選択肢だってある時代でしょ?
離婚してもう二度と結婚なんてするか! と思っている人だっているでしょ?
そもそも結婚相手を見つけるのだって大変なんだからー!(ぷんぷん)
あ、エア読心術で勝手に皆さんの気持ちを代弁してしまってすみません。でも、内田さんの本を読んで思うのは、やっぱり「結婚はした方がいいんだろうなあ」ってこと。本のタイトルにもある通り、結婚って「困難」だと思います。でも、だからこそ、結婚した方がいいんですね。なぜなら、それが人としての......
『成熟』への道だから。
二度の結婚、そして子育てを経て、内田樹という知の伝道師がたどり着いた「真の結婚観」とはどのようなものなのでしょうか。話を聞かせていただきました。
話を聞いた人:内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。思想家。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒。2011年11月、合気道の道場兼私塾「凱風館」を開設。ブログ「内田樹の研究室」では武道、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。
相手に対する条件を、大幅に下方修正せよ
「内田さんの本、拝読しました。帯に『結婚前の人は、したくなる。結婚している人は、気楽になる』と書かれていましたが、まさにその通りの本ですね」
「はい。今回の本では、たとえば長く付き合っている相手がいて、どうしても結婚できないという人が、これを読んで結婚を決めたという話も聞いています。既婚者からも好評で『結婚がたやすくなった』と」
「たやすくなった(笑)。私も既婚者ですが、結婚に『困難さ』を感じていたことがあったので、その気持ちはわかります。特に家事分担の話とか」
「『配偶者をエイリアンや異生物と同じだと思いなさい』という話ですね。基本的にパートナーが自分に似た存在であると思っていると、必ずどこかに違和感を感じるものです。なんでこんなこと、自分だったらやらないとかね」
「はい。それでケンカになってしまったりとか」
「でしょう。配偶者のことを、例えば、飼い猫だと思えばいいんです」
「え。飼い猫、ですか」
「そう。猫の割にはおしゃべりの相手をしてくれるし、仕事もするし、すごいじゃない(笑)。ときどき洗濯もするし、ご飯もつくってくれる。あるべきパートナーというのはこれくらい仕事をするものだと思っていたら、家事をしないとか、稼ぎが悪いとか、つい思ってしまうものです」
「はい」
「でも、猫がそのへんを散らかしても、別に怒らない。猫なんだから。考え方ひとつです」
「そうした考え方はどのようにして生まれたのですか?」
「僕はずっと人と暮らしていたんですよ。家族、友達、最初の妻、子ども、今の奥さんとね。そのなかで、やっぱり子どもと暮らしているときですかね。娘と一緒に12年間いたんですけど、途中から娘が思春期に入り、気持ちが通じなくなりまして」
「ああ。思春期の女の子ですか」
「一気にエイリアン化したんですよ。『今日どうすんの?』って話しかけても返事してくれないとか」
「むずかしい......」
「でも、それでも一緒に暮らすわけです。いちいちかりかりしても仕方がない。だから、娘は『そういう生き物』だと思って、それをデフォルトに設定したんです」
「エイリアンをデフォルトに」
「そう。それまでの素直でかわいかった娘を基準にして、『それと違う』といっても仕方がない。『この人はエイリアンなんだ』と。それで、エイリアンとちょっと言葉が通じたら『もうけもの』だと。そういう加点方式に切り替えた。そうでもしなければつらいですから。どうやったらふたりで機嫌よく暮らせるか、必死に考えました」
「日常生活から生まれた考え方だったのですね。でも、機嫌よく暮らすって、やっぱり簡単ではないですよね。そうありたいとは思っても、内田さんのような考えにはなかなかたどり着けず、『困難』を極めてしまう人もいるのでは?」
「それはやっぱり、一緒に暮らす相手に対する要求水準の設定が間違っていると思います。もし結婚生活に『困難』を感じているのであれば、その相手に対する条件を下方修正する。それも大幅に、下方修正することが大事です」
「大幅な、下方修正」
「ええ。これは今、結婚相手を探している未婚の人たちにもお伝えしたいことです。『いい人』が見つからないから結婚できないというのであれば、『いい人なんて現れない』と」
「いい人を、探してはだめなんでしょうか?」
「探してはいけません。自分にとって理想的な、この世に最高の、たった一人だけいるはずの配偶者に出会うことなんか目指しちゃだめなんです。発想を逆転させて、隣にいる人とでも結婚して、そこそこ幸福になれるような適応力の高さこそ、目指すべきなんです。こういう条件を満たす人とでなければ幸福になれないという風に、自分の生き方を限定しない。誰と結婚しても幸福になれるという『人間的な成熟』を目指す。そのために、私たちは結婚するのです」
結婚に「見返り」を求めてはならない
「人間的な成熟」
「そう。僕は何でも食べられて、どこでも寝られて、誰とでも友達になれるということが、人間に大事な資質だと思っています。結婚も同じです。探したり、選んだりすることなく、誰とでも結婚できるという考え方を持ててこそ、『成熟』した人間と言えるでしょう。人類史における集団の再生産という本来の趣旨から考えれば、結婚というのは『だいたい誰でもできるもの』のはずです」
「しかし、最近では『結婚をしない』という『選択』をする人もいます。そのあたりはどう考えますか?」
「それはすごくはっきり言ってしまえば、その人たちの『幼児性』ということです。自分とマナーがちがう、言葉づかいがちがう、価値観がちがう、ライフサイクルがちがう人と暮らすことに対して、激しい不快を感じるというのは、これはやっぱり幼児性です。他人と暮らすことができないという」
「内田さんの考える『成熟』とは異なると」
「だって、それは他人に迷惑をかけたり、かけあったり、お互いの自己実現を妨害しあったり、支援しあったりという、ぐちゃぐちゃした関係のなかで生きる技術を身につけていないということでしょう。本当はこの技術は、子どもの頃から時間をかけて身につけるものなんですが、その修行がぜんぜんできていなければ、その人が25歳~35歳とかになって、あらためて結婚しようとなっても、それはむずかしい」
「相当な意識改革が必要と」
「ええ。特に一人で、親元を離れて、自分の好きな空間を、自分の好きなようにデコレーションして、好きな音楽を聴いて、好きなものを食べて、それが幸せなんだと思い込んじゃったら、それを他人と調整しなければならなくなることに、どれほどのメリットがあるのか、見返りがあるのかと、必ず思うことでしょう」
「今が最高なのになぜ結婚する必要があるの?って思いそうですね。結婚は私に何を与えてくれるのかと」
「はい。でも、結婚に何かを与えてもらおうと思ったり、見返りを要求しちゃうとダメなんですよ。単純に自分自身の自由が奪われること、つまり『自由の対価』として、どのような快楽とか、どのようなアドバンテージが提供されるのかと考えて、それが自分に何を与えてくれるのかと、相手を『査定』し始めたらキリがないのです」
現代人を蝕む「査定病」
「査定ですか。気になる言葉ですね」
「現代人の病は、まさにその『査定病』と言ってもいいでしょう。それが実は、結婚に対する考え方にもつながっているのです。たとえば、僕は以前『TURNS』という地方移住支援の雑誌で2年間連載をしていたんだけど、あるところからこう言われました。『内田さん、連載では若者たちに地方に行って農業をやれってアピールしているけど、肝心の若者たちはどんどん東京に集まってくる。なんでですか?』って」
「利便性とか、華やかな雰囲気に、魅力を感じるんでしょうか」
「いえ、それは『査定』をしてもらいたいからです。みんながやっていることを自分もやらないと、自分の正確な位置がわからないから。ミュージシャン、漫画家、フォトグラファーとか、夢を追って東京に出てくるような人はみんなそうです。東京という、激しい弱肉強食の戦場に身を投じて、そのなかで格付けされて、自分がその業界第何位であるかということまで、はっきりと知りたいのです」
「ああ、業界第何位まで」
「それが、たとえ低くても構わない。精密で、客観的な『査定』であるなら、それを受け入れようという。これはもう、自分を世の中のどこかに、順番で、ランキングで格付けしたいという病です。わかりやすくて、数値的にも、外形的にも誰に対しても表示できて、理解してもらえるような『査定』のなかにこそ、身を投じたいのが今の若者たちです」
「ある意味、ストイックなんでしょうか?」
「僕には自滅的に思えます。でも、本人たちはすごく真剣なのです。向上心があって、真面目で、求めているのは、客観的で精密な『査定』で、自分はこの社会でどのへんのポジションにいて、だから年収はどのくらいで、どのレベルの生活をして、どのレベルの配偶者と結婚したらいいのか、それを客観的に知りたいということです。それが低い査定ならば、それはそれで受け入れるという。なんだか妙に潔いのですが」
「なるほど。若者たちは『査定』をされたいんですね。だからこそ、結婚も『査定』せずにはいられない、と。結婚生活を軸とした『人間的な成熟』に重きをおけば、『査定』に振り回されて、消耗することもないのかもしれませんね」
葛藤し、自らを「刷新」せよ
「では『成熟』のための結婚とは、どのタイミングですべきなのでしょうか? 早く『成熟』したいから、社会経験も浅いし、お金もないけど『結婚しちゃおう!』というのはアリだと思いますか?」
「僕は、10代などの早すぎる結婚はおすすめしないですね。やっぱりある程度の社会的な経験というか、人間としての混乱と葛藤を経験してからでないと、結婚はできないからです。まずは、自分の感情をカッコに入れて、横にいる人の苛立ち、怒り、悲しみとかをとりあえずきちんと受け入れて、相手が何をしてほしいのか、自分は何をしてあげたらいいのかをひとまず考えられるようになってからでしょう」
「段階があると」
「そうです。自分のなかにある荒々しいものや、制御できないものと何とか折り合いをつけられるようになってからでしょうね」
「でも制御ができるようになったかどうか、自分では見極めがむずかしくありませんか?」
「自分のなかにあるものを抑制できるようになると、自分のライフスタイルというものが、それなりにできます。『これ、私のこだわりなんだよね』とか、そういうことが言えるようになってきたら、だいぶ制御できています。でも、そうなると今度はそんな自分に飽きてくる。飽きてきたところで、誰かに引っ掻き回してもらいたくなる。それまでは自分で自分を引っ掻き回していたけれど、それでは物足りなくなるんですね」
「ああ、自分のなかだけで完結するような世界に満足できなくなるんですね。誰か、私に刺激を与えてくれというような」
「ええ。言い換えれば、その先に進むには他者が介入してくるしかないのです。人は必ず、そういう混乱と安定の繰り返しのなかで、自分のスキームを壊して、新しいものをつくろうとします。そして、よりカバレッジの広い、フレキシビリティの高いシステムに切り替えていくわけですね」
「それは人間的な成長、ということでもあるのでしょうか?」
「成長というと、50キロだった体重を60キロに増やしたいというようなイメージですが、そうではありません。今持っている生活のスキームそのものが一回不調になって、不具合になって、壊れて、機能しなくなるという状態を経由しないと、次のスキームには移れないということですから、これは『葛藤』からの『刷新』でしょう」
「刷新! いい言葉ですね。『結婚』は、何度かの『刷新』を経て、やっとたどりつけるものなのかもしれません」
「結婚というのは次のレベルに行くようなもので、運転免許を取らないと運転させてもらえないのと同じです。人間的な幅が身に付いて、やっと、結婚の免許証がもらえるのです」
結婚を公共的なものにするために
「ではやっと免許証が得られて、結婚に至るとします。その際に『結婚式』というのはやるべきなのでしょうか? 式を挙げることなく、親族だけの小さな食事会だけで済ませるといったケースも、近頃は多いように思います。実は私もそうなんですが......」
「結婚式はやった方がいいですよ。だってこれから二人で命がけの業に飛び込んでいくわけでしょう。清水の舞台から飛び降りるようなものですよね。だったら、神様のご加護くらい受けておきましょうよ。ほら、使えるものは何でも使って」
「(笑)」
「まあ、でも多くの人の前で誓約するっていうのは大事です。なぜなら、結婚は私ごとではなく、公共的なものだからです。夫婦は私ごとから始まった関係を、より公共的なものにしていくために結婚式をするんですよ」
「公共的なものにするために」
「そう。おもしろいのは、結婚式の直前に破綻してて、でも式はやっちゃうっていうのがあるんです。2組くらい実例を知っている。場所も借りて、ドレスも用意して、招待状も送って、お祝いも来てて、今さらだめはないでしょうってね」
「ええ!? すごいですね」
「別れる前提の結婚式というのはさすがに異常ですけどね(笑)。でもそれくらいに変な話だけど、結婚式っていうのは、感情よりも優先する。離婚を前提としていても、式だけはしないとっていうほどに、縛りとしては厳しいものがあるのです」
「確かに、そこまで進んでたら後には戻れない感じありますね。皆さんに申し訳ないし、個人的な事情でやりませんっていうのも、何だか格好がつかないなあと」
「はい。だから僕も自分の結婚式には300人くらいお呼びして盛大にやったんですけどね、それだけの人に関わってもらったということは、やっぱり支えになりますよ。あの人たちに顔向けできないからとか、わずかなことですけど、それがやっぱり、後々いろんなところで生きてくる」
「ふむふむ。結婚関係を公にすることで、簡単には別れられなくなるというか、がんばらねば、という気持ちにもなりそうですね」
「うん、そうですよ。『仲良くやってるの~?』とか、『今度二人で遊びに来てくださいね』とか、式のご縁から声をかけてもらうこともあるでしょう。これはやっぱり結婚式というものが、外形的なサポートとして、ものすごい力を持っているということですよ」
「なるほどー。結婚式の力について、考えが及んでいませんでした」
「あと、仲人も大事ですよね。僕はもう随分やっていますけど、仲人になると気持ちとしては親です。すると、結婚した夫婦は、形としては僕の子どもたちでね、みんな近所に住んでるんです。だからよそから桃とか届くと、子どもたちに『ちょっとおいで~』って声をかけて、わけてあげたりする」
「ああ、いいですねえ(笑)」
「お金が要るときは貸しますし、保証人にもなるし、子どもが生まれたらベビー服を買って贈る。それが仲人の仕事ですから」
「すごい。仲人って、勝手に世話焼きのおじちゃんおばちゃんとかのイメージを持ってたんですが、そういうことじゃないんですね。もっと大きな存在というか」
「そうですね。これは子どもたちにとって、自分の実の親以外に、社会的な関係のなかでの親代わりがいるということになります。親にできない相談ができるような存在がいるというのは、困難な結婚を乗り越えていく助けにもなっていくでしょうから」
「最近は仲人システムそのものが無くなりつつありますけど、実はめちゃくちゃいいシステムかもしれないですよね。今の時代には特に」
「そうですよ。ま、とりあえず結婚式はしなさいね」
「妻に相談します......」
結婚という名の「安全保障」
「でも私、結婚式はしてないですが、結婚しててよかったなあって、これまでを振り返ると思うんです。『査定』の話ではないですが、仕事がうまくいかなくて体を壊したこともありましたし、そのときに妻がいたから、今何とか生きているのかなという気もしますし。だから、私は先生の本のなかにあった、結婚は『安全保障』にもなっているという話がすごく印象的で」
「安全保障というと、何か危険なことが外から来るみたいだけれど、そればかりではありません。『成熟』していくプロセスでは、一時的にそれまでのシステムが無効になる。甲殻類が脱皮するときと同じで、柔らかい肌が剥き出しになる。そういうときには誰かに守ってもらわないと生きられない。そういう時期には、日常生活が平常運転できるようにパートナーに支えてもらわないと」
「迷惑をかけた時期もあったので、すごくよくわかります」
「また、自分が飛び出していきたいときにも、パートナーが平常運転してくれていたら『安心』というのもあるでしょう。西部劇で、銃弾に身をさらして前に攻め込む人と、後ろで援護射撃をする人との関係に近いですね。それをできるだけ交互に、やっていく。安全保障になっているというのは、そういうことです」
「流れ弾に当たって死なないようにしなくちゃなあ。ありがとうございます。それでは最後に、内田さんからこれから結婚をしようかな~と考えている方々にメッセージをいただきたいのですが」
「まあ、結婚はしてみなくちゃわからないということですね。バトルフィールドにいきなり入る以外に、そこで何が起きているかを知ることはできませんから」
「バトルフィールド」
「安全を確かめてから飛び込むということができる世界ではないということですね。入ってみないと、絶対にわからない。だからこの世界にコミットしないで『そこに何があるか?』なんて、考えても意味がないですよ」
「まずは入ること、ですね?」
「そうです。ゲームを始めないと。ある程度の成熟レベルにまでたどり着いた人たちが結婚をためらっているのは、馬券を買わないで競馬の勝ち負けがどうこう言ってるようなものです。いいから買えよってね。100円でもいいから、買いなさい」
まとめ
結婚は公共的なものであり、 安全保障であり、人を『成熟』に導くためのものでもあるという内田流の結婚観。婚活ブームなどと言われて、相手を品定めし、選り好みすることがなかば当たり前に行われている時代にあって、「選んではならない」というまったく異なる価値観は、多くのさまよえる結婚難民にとって、ひとつの「気付き」を与えてくれるのではないかと感じました。
価値観の多様化する現代において、「結婚の本質」に生活視点からぐっと迫った内田樹さんの『困難な結婚』。これから結婚を考えている人はもちろん、すでに結婚している人、なんらかの理由で結婚を踏みとどまっているすべての人に、読んでもらいたい一冊です。
成熟したいぜ。
【著者紹介】
根岸達朗(ねぎし・たつろう)/ライター・編集者。発酵おじさん。 ニュータウンで子育てしながら、毎日ぬか床ひっくり返してます。Twitter:onceagain74
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