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夫婦ふたりで「苦労」を「楽しさ」に変え続けた50年。

京都でろうけつ染め作家として活動する斉藤良樹さんと妻の幸子さんは、結婚53年目。工房の代表を息子さんが務め、良樹さんは今も第一線で職人として働いている。独立したばかりの工房は戦後すぐの建物で雨漏りがひどく、傘をさして作業をしたこともあるというが、「ラッキーなことに苦労はなかった」と笑う良樹さんと、うなずく幸子さん。苦労を苦労とも思わず、ポジティブに前を向いて歩いてきたおふたり。愛犬かりんちゃんを抱いてのインタビューとなりました。

目次
  1. 修業中の身からスタートした結婚生活。さまざまな出来事も笑顔に変えて
  2. お互いに惚れ込んだ相手の長所。喧嘩をしても気付けば元通りに
  3. 一緒に選べなかった婚約指輪。指輪をプレゼントしたい気持ちはその後も
  4. これからもずっと、楽しみは夫婦ふたりで

修業中の身からスタートした結婚生活。さまざまな出来事も笑顔に変えて

馴れ初めは高校時代、学校は別だったがグループの友人同士だったという良樹さんと幸子さん。高校を卒業してからは、良樹さんがろうけつ染めの修業で工房へ、幸子さんは短大へ進学した。そんなある日、酔ってしまった幸子さんが良樹さんの実家に泊めてもらうことに。翌朝、隣で眠る幸子さんの顔を見て、「結婚しようという言葉が出た」と話す良樹さん。幸子さんも帰宅すると心配したお父様に激怒され、21歳にして結婚する気持ちが固まった。

「自分で言うのもなんですが、綺麗だねと褒めてくれる男の子はたくさんいたんです。でも彼はそういうことを言わずに、『おもしろいな』とか『何それ?』なんてツッコミばかり。それが気になっていたのかも」と幸子さん。すかさず良樹さんが「そりゃあ男前だったらジッとしていたってモテるけれど、僕はそうじゃないから徹底的に笑わすしかない。“テクニック”ですよ」と茶目っ気たっぷりに応える。

結婚後は、幸子さんのお父様も良樹さんの修業を応援。26歳で独立した際には、経営していた印刷会社の工場だった建物をそのまま工房として譲ってくれた。
「それはありがたかったのですが、戦後すぐの建物なので、雨が降ると屋根から水が漏れて。傘をさしながら染め作業をしたこともありますよ(笑)」と振り返る良樹さん。だが良樹さんも幸子さんも苦労とは思わなかったという。

「僕はラッキーなことに、苦労らしい苦労はしていないと思っていて」と良樹さんが言うと、幸子さんも「さすがにボロボロな壁は気になって、ふたりで工場の壁紙を貼り替えたりはしたけどね」と笑う。そんな朗らかなタフさがおふたりの魅力だ。
その後、工房の代表は息子である一騎さんが継承。「株式会社ikki流」を立ち上げ、建物もデザイナーズビルに建て替えた。

お互いに惚れ込んだ相手の長所。喧嘩をしても気付けば元通りに

“おしどり夫婦”といえるおふたりだが、仕事に子育てにと奮闘する日々では、すれ違いももちろんあった。一度だけ深刻なケンカをしたときは、当時小さかった息子さんが幸子さんの味方につき、ふたりはキッチンで食事。リビングに1人残された良樹さんは、さすがに落ち込んだそう。反省しきりの良樹さんだったが、幸子さんは「でもこの人は心が広くて、相手が誰であっても偏見をもたずフラットに接する人。私はそこが好きだし、そういう人だって分かっているから、いつの間にか仲直りしていることが多いんです」と微笑む。たとえばデパートに行っても、買い物を楽しみたい幸子さんと、早く帰りたい良樹さん。「綺麗な所は居心地が悪くて」と良樹さんは頭をかくが、もちろん帰る先は同じ我が家。三日間ほど話さなくても、どちらからともなく不思議と仲直りしているという。

一方、良樹さんから見て幸子さんの好きなところは「まず、きっぷがいいところ」。結婚した当初から飾りけのなさは変わらず、会社の上階にある自宅フロアも余計なものは置かずにこざっぱりと整えられているとか。さらに幸子さんは度胸も人一倍。若い頃、良樹さんが祇園のカラオケがあるクラブに幸子さんを連れて行ったときは、お店に入って2~3分後にはもう1曲目を歌い出していたそう。見知らぬお客さんから「あの娘はお店で人気の子? ぜひこっちの席にも呼んでほしい」とご指名が入ったという逸話まである。
「僕も改めて、腹の据わったオナゴやな~と感心しました(笑)。初めは緊張していたのに、ハラを決めたらしっかりと楽しんでくれるところがすごいんですよね」と、良樹さんも楽しそうだ。

一緒に選べなかった婚約指輪。指輪をプレゼントしたい気持ちはその後も

婚約当時、ろうけつ染め作家としてまだ駆け出しだった良樹さんの代わりに、幸子さんを連れて婚約指輪を買いに行ってくれたのは良樹さんのお母様。良樹さんのお母様は洋服のセンスがよく、自然とふたりで買いに行く流れになったという。
「彼の家に遊びに行くと、ステキなお洋服がたくさんあってね。『幸子さんたら、また飾りけのない服を着て』と言いながら、お洋服を次々に着せてくれて。『似合うわ』と誉めてくださるから、私もいい気になって着たまま帰ったりして」と笑う幸子さん。そんなセンスあふれる良樹さんのお母様と向かった先は、京都の高島屋。スクエアなフォルムのダイヤモンドと凝ったアームの婚約指輪が気に入り、購入した。

その後は良樹さんと幸子さんのふたりで結婚指輪を買いに行き、ハイブランドのものを購入。だが結婚後は多忙な日々に取り紛れて、所在が分からなくなってしまったという。その頃、良樹さんはあちこちのデパートで催される販売展示会に、ろうけつ染めを出品して参加することが多かった。催事場では大抵、ろうけつ染めなど着物の隣に宝石店が出展しており、良樹さんもあるとき、宝石店の店員と話す機会があった。展示会なので宝石店の店頭より手頃に購入できると知った良樹さんは、幸子さんにと改めて指輪を購入。普段からブランド物のバッグや宝石にはあまり興味がないという幸子さんだが、良樹さんが買ってきてくれた指輪を受け取ったときは、「やっぱりうれしかった」と話す。

ところでろうけつ染め作家の良樹さんは、幸子さんのために豪華な着物を仕立てたことがあるのだろうか。
「ないです(笑)。だって彼女はそういうタイプじゃないから」と、良樹さんはサッパリとした幸子さんの個性を尊重するがゆえの答え。その分、洋服を選ぶときは、誰よりも幸子さんのよさを理解する良樹さんがアドバイス。プロの目で形や配色を考えて似合う洋服を選ぶため、幸子さんも「彼が選んだ洋服を試着してみると、いつも『これだ!』と思うんですよ」と信頼している様子。「この人には明るい色が本当によく似合うんです」と、良樹さんも満足げだ。

これからもずっと、楽しみは夫婦ふたりで

今のご夫妻の楽しみは旅行。結婚してから国内外問わず、多くの土地を訪れた。旅の記念に良樹さんから幸子さんへ指輪をプレゼントすることもあるのだとか。
「息子がひとり立ちするまで宝石なんて買ったことがなかったので、シンガポールで初めてダイヤの指輪をプレゼントしてもらったときは、気持ちの高ぶりと更年期障害もあいまって汗がドッと出て。ツアーの添乗員さんに『奥さん、どうしはったんですか』と言われたのを覚えています」と幸子さんは冗談めかして話す。その後、スペインに旅行したときに購入した指輪もお気に入りだ。
「店の外で待っていたら、いつのまにか買ってた」とボヤいてみせる良樹さんに、「ホントはダイヤがこの倍付いているのが欲しかったんだけど」と笑いながら返す幸子さん。そう言いながらも、「とても気に入っているんです」と指輪を見つめる眼差しからは、ふたりの旅の思い出を大切に思っている様子が伝わってくる。

2年前に保護犬のかりんちゃんを飼ってからは、旅行先も長野や四国など近いところに変わった。「かりんは幸子が大好きで、僕には肉をあげるときだけなつくんですよ」と言いつつ、「ベッピンさんでしょ」と目を細める良樹さん。今ではふたりの大切な家族となっている。振り向けばたくさんの出来事があったけれど、長年連れ添ったパートナーと愛犬かりんちゃんとともに過ごす愉快な日々。楽しい“人生の旅”は、これからも続いてゆく。


文/藤野さくら(書斎ジュディス)
写真/稲場啓太