第二の人生の始まりとも言われる結婚生活。結婚式自体には華やかな印象がある一方で、実際の夫婦生活は我慢や苦悩の連続とも耳にします。
今回の取材相手である珠帆(たまほ)夫妻も、そんな我慢や苦悩を抱えた夫婦生活を過ごしていました。度重なるすれ違いに、何度も離婚話が持ち上がったという珠帆夫妻。そんなお二人は昨年8月、ある一つの決断をするに至ります。
"夫婦関係を続けながら、お互いにオープンな恋人を持とう"。
Facebookにて公開されたその投稿は、いいね数600と非常に大きな反響を呼びました。
お二人はなぜ、お互いに恋人を作ってまでも、夫婦関係を解消しない選択をしたのか。その理由を聞かせてもらうため、お二人の住む北海道まで飛びました。
【プロフィール】
:珠帆義雄(たまほよしお)さん(57歳)
:美汐(みしお)さん(48歳)
1通目のラブレターでプロポーズ ソウルで出会った「運命の人」
「ブログで拝見したんですけど、1通目のラブレターでプロポーズって本当ですか?」
「そうなんです。彼からの一通目の手紙に『僕の夢のパートナーになってください』って書いてあって......」
「そんなことってあるんですね! ロマンチックー!」
「でも僕、全然覚えてないんですよ。会う人会う人にラブレター配っていたんじゃないかな(笑)」
「すぐそうやってとぼける(笑)。結局、すぐには結婚しなかったんですが、付き合い始めて4年後の1992年に結婚しました」
「じゃあ今年で結婚24周年になるんですね。お二人はどうやって知り合ったんでしたっけ?」
「あ、彼とは韓国のソウルで出会ったんです」
「えぇっ! ソウル!?」
「はい。1988年のことなので、当時はまだ海外旅行もメジャーじゃない時期だったんですが、お互い旅行をしてて、たまたま出会ったんです。彼は建築の仕事をしている社会人でしたけど、わたしはまだ大学生でした」
「素敵! 出会った瞬間に一目ぼれとかですか?」
「全然そんなことはなくて、すんげぇ女だなって思いましたよ(笑)。北朝鮮との国境にある板門店のバスツアーに行ったんですが、集合時間に遅刻してるのにちっとも急がないし、きちっとした身なりで来てくださいって言われたのに、革のミニスカートで来てて、ギョッとしました」
「でも、この人だって金髪でおかっぱだったんですよ」
「インパクトの強い二人だなぁ(笑)。ご結婚の決め手とかってあったんですか?」
「私にしてみたら幼いころから思い浮かべていた理想通りの人だったんです。性格は陽気で大胆な人が良かったし、『大草原の小さな家』に憧れていたから北海道でセルフビルドの家に住むのが夢だったんだけど、それも叶って。肌触りというか空気感というか、ずっと前から知っていたような不思議な感覚がありましたね」
「まさに運命の人ですね。旦那様はどうですか?」
「う~ん......あんまり覚えてないんだよね......(笑)」
「この人、いっつもこんな感じ(笑)。もちろん想定外のこともたくさんあったけど、やっぱりこの人で良かったな、って思います」
「結婚しているのに"ひとりぼっち"」不倫の末に導き出した、2人の結論
「仲良しに見えるお二人ですけど、ケンカってされるんですか?」
「付き合いだしたころからずっと、激しいケンカを頻繁にしてましたよ。最近はあんまりしないけどね?」
「そうだね。最近になるまでずっとケンカしてた」
「どういった理由でケンカされてたんですか?」
「私、ちょっとした言葉のニュアンスだけで傷つくことがあるんです。実際、抑うつ症っていう診断を受けたこともあって......具体的には、首をつって死のうとして輪を作ったロープをかける場所を探して、家の中をウロウロしたことも何度もありました。
一方、彼はそういう繊細さがわからないタイプの人らしくて、キョトンって感じで。しまいには説教が始まって、彼も私も怒鳴り出すようなケンカに発展して......結婚してるからこそ、"これからもずっとひとりぼっちのままなんだ"と未来に絶望しました」
「一応ね、妻が布団にくるまって泣き始めるので『どうしたの?』って何度か聞いたこともあったんですよ。ただ、聞く度に『あなたにはわからない!』って言うから、どうしていいかわからなくて、構わないのが1番なのかなって思い、放っておくようになってしまったんですよね。でも、今思えばかなり寂しい思いをさせてしまってたんだなと思います」
「この人を責めるつもりは全くないんですけど、一家の大黒柱として家計を支えるために自営業として独立して私のプレッシャーが大きくなるにつれ、孤独感がますます強くなっていきました。仕事で疲れて帰ってきた後に、彼から求められるのも辛くて......いたわりが感じられなくて、性的に搾取されているような気持ちにさえなってしまい、耐え切れずに隠れて恋人を作ってしまいました。つまりコソコソと不倫しちゃったわけです」
「しかも1回の不倫じゃないんですよ。全部で4回」
「えぇっ! 4回ですか!?」
「そう。不倫が始まったのは結婚して5年目くらいからだったんですが、1人目の不倫が発覚したときに大騒ぎになって、もう相当懲りただろうなと思っていたら、その何年か後にも不倫してて......この女、すんげぇなって思いました(笑)」
「確かに、驚かれるのも無理ないかもしれませんね」
「やっぱり振り返ってみると、僕にも多くの原因があったと思うんですよ。そのことに関しては妻とも色々話して、直せないところもあるけど、直せるところに関しては意識して直すようにはしてきたんです。でも、やっぱりどこかうまくいかなくて......」
「義雄の努力も伝わってはきていたし、大好きだっただけに、義雄も家族も傷つけたくなかったんです。でも、私の孤独を理解してくれる人がいなかったら、とてもじゃないけれど生きていくことはできない。良心の呵責と絶対的な孤独との狭間で本当に、本当に苦しい日々が続きました」
「旦那様も辛かったでしょうけど、美汐さんも相当苦しまれたんですね」
「そう。私は常に信頼している相手に対して誠実でありたかったし、隠し事や嘘を突き通すのがもう嫌だなって思って。義雄にいよいよ『離婚したい』って相談をしたら、『夫婦関係を続けながら、お互いに恋人を作ろう』っていう結論に至ったんだんです」
「お互いに恋人を作ろう」それでも離婚しなかった理由
「『お互いに恋人を作る』って、ヘビーな答えだと思うんです。率直な感想として、旦那様はどう思われましたか?」
「あ、この提案、僕がしたんですよ」
「え! どうしてですか?」
「美汐は最初、"繊細な部分を分かってもらえないともう限界だけど、大切なあなたに嘘をつき続けるのも辛いから離婚したい"って言ったんです。でも僕は美汐と別れたくなかったから、"じゃあ僕たち夫婦の関係はそのままに、繊細な部分をわかってくれる人にも会えばいいじゃない"って提案したんです」
「なるほど......でもやっぱり『夫婦関係を続けながら、お互いにオープンな恋人を持つ』って、不倫でも離婚でもないオルタナティブな選択肢ですよね。どうして大変な局面でも離婚っていう選択をしなかったんですか?」
「僕、親友と呼べる男友達が1人いるんですが、その子よりも美汐のほうが僕のことをよく知ってくれているっていう実感があって。良いところも悪いところも仕事も性格も性的なことも全部含めて、彼女は僕のことを理解してくれていると思っているんです。だから、もしも別れることになってしまったら、僕は"妻"と同時に"親友"も失うことになる。そんなことになったら耐えられないと思った」
「妻であり、親友......。夫婦を構成する要素は1つじゃないってことですね。美汐さんはどうですか?」
「私も最初は離婚するしかないって思ってたんです。でも義雄のことは人間として尊敬もできるし、家族としても友人としても愛していた。決定的に合わないところもあるけど、それって結局ほんの一部なんですよ。やっぱり私にとって彼が大事な存在だったし、離婚せずに、でも、お互いに心地よくいられる方法を導き出してくれて感謝しています」
「すごいなぁ......でも、お互いにパートナーを持つと、夫婦の関係性が悪くなることはないんでしょうか......?」
「今まで妻が冷たい対応をしてくるときもあったんですけど、思い返してみればそれは彼女に新しい恋人ができて、その人に夢中なときだったんですよね。だけど『お互いに別のパートナーを持つ』という話し合いをする中で、ちゃんと『お互いに優しくしよう、お互いを想いやろう』という気持ちにシフトできたので、それがすごく良かったなって」
「お二人にとってはそれがベストな選択だったわけですね。お二人の関係はFacebookの投稿でも発表されていますけど、どうして発表しようと思ったんですか?」
「二人で話し合って決めた選択を隠す必要はないなって思ったんです。当時は旦那のほうにまだパートナーがいなかったので、相手を探す上でも『奥さんがOKしてる』っていうことがわかったほうが良い人がすぐに見つかるんじゃないかなって思ったこともありますね」
「実際に公開されてみて、世間の反応は、いかがでしたか......?」
「それが、すごく好意的だったんです」
「え! 意外!」
「私も驚いたんですけど、寄せられたコメントのほとんどがポジティブなもので。いいね数も660まで上ったのを見て、同じようなことで人知れず悩んでいる方が多いんだなと感じましたね」
▲寄せられた72のコメントはほとんどがポジティブなもの
「でも、やっぱりこの関係が実現できたのは、この人の心が広いからに尽きますよね。『驚かなかった』とは言ってくれていますけど、嫉妬や傷つきも少なからずあったはずなのに、今もこうして仲良く夫婦生活をしてくれていることに、本当に心から感謝しています」
恋人を作ってからのほうがラブラブ
「今もお二人は一緒に暮らしているんですよね? 仲が良さそうに見えますが、パートナーをそれぞれ持つことは、夫婦間の関係も改善することにつながりますか?」
「そうですね。恋人と会うときは外で会うようにしているので、それ以外は今までと何ら変わらず一緒に暮らしています。前よりもラブラブになったかも」
「そのラブラブ話、ぜひ聞かせてください!(笑)」
「お風呂は毎日一緒に入ってますね。それぞれ別のベッドもあるんですけど、『待ってるよ』って言ってくれるので、毎晩腕枕してもらって寝ています」
「お風呂に一緒に入ったときは、妻の髪と体をマッサージしながら洗うんです。いつまでもきれいで、可愛くいてほしいので。それから、湯船に向かい合わせに座って、楽しかったこともお互いに直してほしいことも、色々なことを話し合います。浴室の閉ざされた空間と、湯船に向かい合って座ったお互いの距離が、話をするのにちょうど良い心地よさなんですよね」
(旦那さん、健気すぎる......!)
「僕は今、57歳なんですけど、この町の夫婦の中で一番仲が良いんじゃないかなって思いますね。この辺りで、手をつないで歩いている人なんて見たことないですもん」
「羨ましくなってきました(笑)。さすがにお互いのパートナーには、会ってはいないんですよね?」
「いや、僕の彼女が『本当に大丈夫なの?』って不安がるので、妻に会ってもらうっていう話になっていて......」
「すごすぎる(笑)」
「そうそう。『旦那がお世話になってます』って挨拶しようかなって思ってます(笑)」
「本当にオープンな関係なんですね......(笑)。そこまで言ってもらえたら、彼女としても安心してお付き合いできそう」
「私、実は両親が不仲なのに"子どものために"って離婚せずに夫婦関係を続けているのを見て、ずっと違和感を抱いていて......。一般的な解決策ではなかったかもしれないけど、家庭を壊さず、健やかに暮らせて、夫婦仲も良いっていう、私たちにとってはベストな選択だったなって思ってます」
24年間の結婚生活でたどり着いた"答え"
「ご自身もそうだったと思うんですけど、夫婦関係に悩まれている方って本当にたくさんいらっしゃると思うんです。夫婦円満の秘訣って、何だと思いますか?」
「ケンカを恐れないことですよね。葛藤や相手の機嫌を損ねることを怖がっていたら、本当に良くない。言いたいことをちゃんと言って、伝えたいことをきちんと伝えて、耳が痛くても、聞くべきことにちゃんと耳を傾けないと、不平不満がどんどん溜まっていってしまうので」
「なるほど! 自分にも相手にも素直になることが大事なんですね」
「あなたは? できれば短くね」
「出た、短く。そういうところが嫌い(笑)」
「ケンカしないでくださいね(笑)」
「あ、それこそ、ケンカを恐れないっていうのはあるかもしれない。僕は自分が納得できないことに関しては、聞くと相手が怒るようなことでも聞きたいっていうところがあるので。だから最近は『これを聞いたら怒ると思うけど、聞いてもいい?』って、断ってから聞くようにしてるかな」
「この人ね、コミュニケーション能力低いから、『あのとき、美汐はひどいことを言ったけど』とか攻撃的な発言が多かったの(笑)。でも、ちゃんと配慮してくれた前置きがあると、工夫してくれてるんだなってわかるから、最後まで聞こうっていう気になりますよね」
「お互い時間をかけて、少しずつ歩み寄ってきた結果なんでしょうね」
「あと最近、僕が感動した話言ってもいい?」
「短くね」
「わかったよ!(笑)。さっき『一緒に寝るときは腕枕する』っていう話があったかと思うんだけど、昔はここまで仲が良くなかったから、そんなことも全然やらなくて。最近は朝まで腕枕して抱きしめて寝るんですけど、美汐に『今までの人で朝まで腕枕してくれた人っている?』って聞いたら、『いない』と言っていて。僕も今の彼女と寝るときに腕枕をしようとするんですけど、朝までなんて、とてもじゃないけどできないんですよ」
「身体の凸凹がうまく合わなくって痛いんですって。面白いよね」
「もちろん、自分も楽な姿勢をとるために工夫するんだけど、しっくりこなくて。長くても2時間くらいしか持たない。でも美汐と寝ようとすると、腕枕をして顔を寄せたときに、ピタって合うんだよね。これってすごいなって。僕が腕枕をする技術を会得したんじゃなくて、お互いがお互いの身体に馴染んできてるんですよ」
「うわ、何かちょっと涙が出てきちゃいました......」
「湯船に向かい合って入るときもそうで、お互いの居心地のよい足の組み方とかを結婚生活24年間の中で自然と見つけられていたんだなって。もちろん今の彼女とも時間をかければ自然とできるようになるのかもしれないけど、美汐と連れ添ってきた年月の重みに最近、改めて感動したんだよね」
「本当にありがとう。これからも、よろしくね」
おわりに
夫婦生活というものは、愛や美しさだけでは語れないものなのかもしれません。
それでも、紛れもない24年分の2人の軌跡が、そこにはありました。
今回の取材を通じて、今まで触れたことのなかった夫婦の形を知り、改めて夫婦とは、結婚とは一体何なのだろうと考える良いきっかけをもらった気がしています。
恋人として、家族として、親友として。
色々な要素を持つ"夫婦"という大切な関係性だからこそ、それを守るために多くの人が苦悩するのでしょう。
今回、取材させていただいた珠帆夫妻の出した答えは、いわゆる"一般的な回答"ではないかもしれません。
それでも、お互いに悩んで苦しんでたどり着いた答えに胸を張り、幸せに生きているお二人に、夫婦というものの新たな可能性を見た気がしました。
【書いた人】
佐々木ののか(@sasakinonoka)
フリーライター。暮らしやライフスタイル、新しい夫婦・仕事・コミュニティ、多様性をテーマに執筆活動中。英語とフランス語を話せる。
■夫婦仲がよいっていいね