共働きや専業主婦など、結婚生活にもさまざまな形があります。とくに「憧れるけど、実際は難しいんでしょ?」と思うのが、夫婦でお店を経営すること。ふたりで協力し合いながらお店をまわす姿は微笑ましくもあるものの、大変なことも多そうです。
Kekoon(ケコーン)の「夫婦で営む小さな店」シリーズ第三弾。 ひとつのお店をふたりでやりくりする夫婦の様子をお届けします!
ライターのカツセマサヒコです。
高校1年のころにカットモデルになりたくて表参道を15往復した結果、外国人からラッセンのパクりみたいな画を売られそうになったことがあります。
夫婦で営んでいるお店に取材する当企画。今回はJR中央線・総武線「東中野駅」から徒歩5分ほどのところにある美容室「ICH・GO東中野店」にお邪魔します。こちらで美容師を務めるご夫婦、かなりドラマチックな馴れ初めを持っているとのこと。ぜひ伺ってみたいところです。
今回取材させてもらう志村麻紀さん(左・48歳)、恒明さん(右・64歳)ご夫婦。夫婦歴25年を超えるキャリアから伺える余裕のある表情がすてき。先輩夫婦にズバズバと聞いていくことにします。
出会った瞬間、「赤い糸で結ばれてますよね?」
「おふたりの馴れ初めから聞かせてください。出会いはどちらだったんですか?」
「子どもたちにすごくバカにされるんですけど......。私がお客さんとして、当時この人が働いていた美容室に、たまたま行ったんですよ」
「おお、お客さんと美容師さんって、ありがちだけど理想的な展開じゃないですか。それでそれで?」
「お店でこの人を見た瞬間、『あ、この人と結婚するかも』って思ったんです」
「急展開すぎませんか」
「笑っちゃうような話なんですけどね(笑)、その当時まだ私は19歳で彼氏もいたし、もちろん結婚にも焦ってないし。でも、初めて入るお店を開けた瞬間に、『あたしこの人と結婚するんだ、赤い糸で結ばれてるんだ』って思って」
「田舎の女の子が初めて都会のイケメン見たって、そんなリアクションしないですよ」
「おめでたかったのよねぇ、きっと。そしたらその人が私の担当になるものだから、もう言わなきゃと思って『私たち、赤い糸で結ばれてますよね!?』って、その場で聞いた記憶があります」
「取材開始5分で山場を迎えてる気がする。旦那さん、さすがに戸惑ったんじゃないですか」
「そうですね、さすがに赤はないから、『いやいや、ピンクでしょ』って言ったよ」
(そこじゃない)
「ふざけてますよね(笑)。でもね、ピンクだったので、脈あるじゃんと思って(笑)」
「おふたりともポジティブ具合がエベレスト級じゃないですか」
借金まみれの新婚生活
「劇的な馴れ初めからスタートしたおふたりですけど、ご結婚に至ったタイミングはいつなんですか?」
「私が19歳のときに付き合って、22歳で結婚したから、付き合って約3年後かな」
「当時、僕が37歳。年の差婚だったから、なかなかご両親が認めてくれなかったんだよね」
「あと、私は東京にいて、彼は実家のお義父さんの体調が悪い関係もあって山梨で美容室を開いてたから、遠距離恋愛だったんだよね」
「あ、じゃあ旦那さんは独身時代にお店を開かれたんですね」
「そうそう。結婚してから彼女が僕のお店に入って、ふたりで始めたんです」
「プロポーズとかはなかったんですか?」
「それらしいことは言わなかった気がするなあ......。比較的早い段階から結婚を考えていたから、自然と進んだような......」
「でも、『お店を出したばっかりだから借金あるけど』って言われた気がする。『借金かあ......』って頭抱えた覚えがあるもん(笑)」
「そういうとこばっかり覚えてるからイヤになっちゃうよなあ......(笑)」
「あと、私は東京出身だから、山梨に行くのにも抵抗があったと思うんだよね」
「そうだったかも。あと、同時に家も買ったんですよ、山梨に」
「おお、ローン、また経済的に厳しそうですねそれ」
「そう。借金に借金じゃないですか。新婚早々、ため息しか出ないから、本当に(笑)」
「これが本当の親族経営」
「山梨では何年くらい、おふたりで美容室をやられたんですか?」
「25年かな?」
「長っ! なんで東京に戻ってこようと思ったんですか?」
「東京と田舎とでは、同じ美容室経営でも違った魅力がいくつもあると思ったんです。あとは、子どもが成長してきて、東京で美容師させてあげたいな、と」
「え、お子さんも、美容師なんですか?」
「あ、というかこの店、家族4人でやってるんです」
「え?」
「長男の優(ゆう・左)と、長女の未侑(みゆ・右)です。全員、美容師」
「マジですか!!!!」
「驚きました?(笑)」
「そりゃ驚きますよ。 4人とも美容師で、ほかにスタッフなしでこのお店回してるんですか?」
「そう。前はスタッフさんを雇ったこともあるんですけど、今は4人だけです」
「夫婦だけならまだしも、お子さんたちまで同じ店とは。さすがに聞いたことない」
「4人家族で職場も全員同じところって、本当に24時間一緒にいることになりますよね? ケンカとかはないんですか?」
「まあ、なくはないよね? 朝から晩まで一緒だし」
「職場で腹が立ったことをそのまま家に持ち帰るしかない訳ですから。口にこそ出さないけど、みたいな」
「みなさん同じ家に住んでるんですか?」
「いや、上の子だけ、ひとり暮らし」
「ようやく出られたって思ってるよ、きっと(笑)」
「まあ、ある程度の年齢になったらアリですよね。でも、にぎやかそうですね、皆さん同じ職場」
「そうですね、いつも共通の話題があるし」
「『あのお客さんヒドいな』とか(笑)?」
「それはないです(笑)。『店で何かをやろう』って言ったときに、ちょっとご飯食べながら『ああでもない、こうでもない』って気軽に話せるのはいいですよね。はたから見れば家族会議に見えるけど、ウチの場合、家族会議が経営会議だから」
「今まで聞いた『親族経営』が全部にわかに思えてくる」
「時間を気にせず遠慮なく意見を言えるし、家族だから発言に気を使うこともほとんどない。何かを決断するときのスピード感はものすごく早いね、ウチは」
「一家で店を持つの、大変かと思ってたけど、最強に思えてきました」
家族なのに、休みもバラバラ
「今のお店では、オーナーを息子さんに譲ったと聞いたんですけど」
「そうそう。もう僕も年だし、そろそろ次世代に譲ろうかなと思って」
「息子さんは、『家族で美容室』って、どういう気持ちでやられてるんですか? 」
「どうですかね、僕は高校出てから美容師になったんですけど、それまでのお店での時間も全て親と共有していたので、これが当たり前というか......。ほかの気持ちが分からない分、家族でやるっていうことへの特別な気持ちがないんですね」
「この生活が自然だと思ってるんですね」
「これが僕の日常なので、どれくらい特異なものなのか、ちょっとわかんないんですよね......」
「たぶん、かなり特殊です」
「ですよね(笑)」
「でも家族全員が美容師だと、お休みは全然合わないんじゃないですか?」
「合わないです。みんなバラバラ」
「フランチャイズの関係で年末年始以外は年中無休だから、お正月だけだよね、全員が休めるのは」
「寂しいですよね、それも」
「いやいや、もう24時間ずーっと一緒だもん、ひとりにさせてほしい(笑)」
「そうだよな(笑)」
「娘と休みが合うときは岩盤浴行ったり、温泉行ったりしますけど、それでもやっぱりお店も家もずっと一緒だと、頻繁には辛いよね」
「お休みの日にご夫婦ふたりだけの時間がとれたことは、ないんですか?」
「ないです」
「結婚してから一度も!?」
「ふたりとも休んでしまうと、お店がまだ厳しいからねえ」
「じゃあ今度どうにかして、おふたりがデートする企画でもやりましょうか(笑)」
「見たいな、それ(笑)」
「やだ恥ずかしいから! 絶対に面白がって言ってるでしょ(笑)!?」
「でも本当に、ふたりで休んだのって子どもが生まれたときと結婚式ぐらいだし、今後も、息子の結婚式とか娘の結婚式、僕の葬式くらいじゃない?(笑)」
「縁起でもなさすぎるよ(笑)」
「忍耐」と「感謝」! 結婚生活を円満に過ごす秘訣
「最後に、これから結婚する若い人たちにアドバイスをもらいたいのですが、結婚生活の秘訣とか、ありますか?」
「うーん、『感謝』ですよね」
「『忍耐』ですかねえ?」
「関係性が分かりやすすぎる」
「感謝の気持ちはいつも頭にはあるんですけど、行動に移すのはなかなか難しいんですよね。でもやっぱり、心はいつも感謝してます。喧嘩しても、頭にきていても、そばにいてくれるだけでありがたいなって気持ちはあります」
「たぶん女性は、『だったら形にして』って思いますよね(笑)」
「そこに対しての、忍耐ですか?」
「そうですね。何か怒りたくなるときがあっても、まあ相手の気持ちも分かるのでしょうがないかって思うんですけど、『しょうがないか』って言わせるときに花の一輪でも持ってきてくれれば、許しやすいじゃないですか。なのに何もないと『だから形は!?』って(笑)」
「勉強になる」
「女性のほうが現実的ですよね、やっぱり」
「でも、結婚観はいろいろだと思うけど、僕から言えることは、『それでも結婚は一度した方がいい』ってことかな」
「わかる。とりあえずした方がいいと思います。合わなかったら別れればいいし」
「おふたりともその答えに行きついてるのは不思議ですね。その『一度は』っていう思いは、何からきているんですか?」
「それこそ、さっきの『忍耐』みたいな話。子どものことでも、夫婦のことでもそうだけど、他者と生きると、自分のことが二の次になる瞬間があるんです。誰かを立てると、自分が引っ込むじゃないですか。それをずっとやっているから、既婚者は自然と忍耐強くなると思うんです」
「なるほどー。確かにそうなのかもしれないなあ......」
「だから、一度『結婚する』という経験をすると、豊かな人間になれるんじゃないかな、と思っています。」
「深い......」
「子供にしてもそうじゃないですか。『熱いよ』って注意しても伝わらないから、一度やけどしてみるしかないんです。そしたら自分で学ぶでしょ。それと同じで、結婚も一度経験してみることで、良さも悪さも味わって成長できると思うんです」
「いいことばかりじゃないのは、あたりまえだからね」
「そうだね。だからこそ、感謝の気持ちが大事かなと」
「それを形で表現されなかったときの、忍耐の気持ちもね」
「まだそれ言うの!?(笑)」
「『感謝』と『忍耐』と、『一度やってみろ』ってことですね(笑)。ありがとうございました!」
おわりに
夫婦どころか家族で営む美容室。その不思議な空間は「よその家庭に入ったような居心地の悪さ」を感じさせず、むしろアットホームに感じられる心地よい空気がありました。
それは志村家が常にフラットな姿勢でお互いを想い、美容師としても尊敬し合っているから成り立っているものなのかもしれません。(実際に、営業時間中はお互いに敬語でお話されているそうです)
普段はお休みも合わないご夫婦ですが、職場も家庭も長い間ともにしているだけあり、阿吽の呼吸はさすがのもの。志村夫妻を見ていて、感謝と忍耐の大切さを実感しました。そしてとりあえず、僕も感謝を形で表すところから始めてみようと思った次第です!
最後までお読みいただきありがとうございました!
◎取材協力
ICH・GO東中野店
東京都中野区東中野3-16-12 1F
03-3364-3005
【書いた人】
カツセマサヒコ
下北沢のライター/編集者。趣味はTwitterとスマホの充電。
Twitter:@katsuse_m
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