動物の生態は現代でも明らかになっていない部分が多くあります。しかし、モノも情報も感情もフクザツに入り組んでいる現代社会において、動物の夫婦や生態から人間が学ぶことって、実は多いのではないでしょうか。
「動物の夫婦」について専門家に話を聞く連載「動物たちの恋愛事情」。動物たちの生存本能や母性本能、夫婦や家族の絆について、ライターの木村衣里(きむらいり)が取材していきます。
小学校入学の記念写真みたいなポーズで失礼します。ライターの木村衣里です。
みなさん「オシドリ夫婦」と聞いて、どんな夫婦像を思い浮かべますか?
やっぱり「中尾彬・池波志乃」夫婦? それとも、再ブレイク中の「ヒロミ・松本伊代」夫婦? はたまた「フジモン・ユッキーナ」夫婦でしょうか?
夫婦仲のよいことを指して「よっ!オシドリ夫婦!!」なんて声をかけること、ありますよね。でも私、聞いてしまったんです。
「オシドリの夫婦は、全然"オシドリ夫婦"じゃない」
という噂を。
という訳で、詳しい人に真相を聞いてみようと思います!
今回お話を伺うのは、立教大学の上田恵介先生!
上田恵介(うえだ けいすけ)立教大学名誉教授
立教大学理学部 動物生態学研究室で、鳥類を材料とした行動生態学を研究してきた。日本鳥学会、日本動物行動学会、日本生態学会のほか、国内外の学会に所属。日本野鳥の会の副会長も務める。「『みどりの日』自然環境功労者環境大臣表彰」や、最近では「第19回山階芳麿賞」を受賞するなど、本当にすごい人。
オシドリの夫婦は仲良くないのに、どうして「オシドリ夫婦」に?
「上田先生、単刀直入に伺います。オシドリは『オシドリ夫婦』ではない、というのは本当ですか?」
「結論から言うと、オシドリ夫婦とは言えないですね」
「あ、もうそこはハッキリと......」
「オシドリが、つがい(夫婦)でいる期間は、繁殖期の前につがい形成をする1~3月までと、繁殖期である4~5月の間。1年のうちせいぜい5カ月ほどしか夫婦生活は続きません。繁殖期を過ぎるとすべてのペアが関係を解消して、一旦リセットするんです。
仮にオシドリの寿命が10年だったとして、その間に7~8回繁殖期を迎えるとすれば、毎年毎年相手を変えている訳です。偶然、以前と同じオスとメスがペアを組むこともあるかもしれないですけど......夫婦で一生を添い遂げることはないですね」
「でもでも、人間の世界で『子は鎹(かすがい)』と言われるように、子どもができたらまた状況が変わる......とかは......?」
「ないですね」
「ないんだぁ......」
「オシドリはカルガモやマガモなどと同じ、カモの仲間です。カモ類は抱卵からヒナの世話まで、すべてメスの仕事なんですね。つがいをつくって交尾して、受精させて卵を産ませてしまえば、あとはメスが卵を温めてヒナを育てていきます。なので、お父さんとお母さんがいて仲良く子どもの世話を......というのは一切ありません」
「現代社会の倫理観の逆張りでいくの、ロックだなぁ。となると気になるのが、『どうして夫婦仲のよいことを"オシドリ夫婦"と呼ぶようになったのか?』ということですが......」
「それはおそらく、人間の勘違いだったんじゃないかなぁ......?」
「勘違い、ですか?」
「さきほども言ったように、オシドリがつがいを形成しているのは冬から春の間だけで、小さな池や水辺などの比較的人目につきやすい場所で過ごします。
オシドリのオスは派手な羽色が特徴なんですけど、これも年中この姿でいる訳ではなくて、冬になり繁殖期を迎えると、色鮮やかできらびやかな羽に生え変わるんです。メスは年中、茶色くて地味なままなんですけどね」
「ほら、すごくキレイでしょ」
「ほんとだ。オス、めっちゃキレイですね」
「黄色、オレンジ、緑、紫......って、これだけ派手ならいやでも人目につきますよね」
「つまり、オスが一番派手で目立つ時期につがいで行動していて、さらにちょうど人目につきやすい場所にいたおかげで、人間が『オシドリって夫婦仲がいいんだなぁ』と勘違いしてしまった。ということですか?」
「そうですね。おそらくですが、そんな感じではないかと。それに、スズメとかカラスって、どっちがオスでメスかなんてわかりませんよね。その点オシドリは違いがハッキリしているから、いつも仲良く二羽並んでるなぁ......なんて思ったんじゃないでしょうか」
「見た目の違いがなければ、つがいでいようが兄弟でいようが、人間からすればみーんなおんなじ『スズメ』ですもんね」
オシドリ界にイクメンブームが訪れる可能性もゼロじゃない
「じゃあ、メスが一生懸命子育てをしている間、オスは何してるんですか?」
「交尾が終わればすることがないので、暇なオス同士水辺に集まって、ぼーっとしています」
「もし友だちが付き合ってたら全力で別れを勧めるタイプの男性像じゃないですか。本当の本当に、なんにもしないんですか? 巣を守ってあげることも......?」
「しないですね。ハクチョウくらい大きな鳥だと、キツネくらいなら翼でバシっと叩いて追い払えるので、オスも一生懸命巣を守ろうとします。だけど、オシドリなどはまず食われてしまいますからね。いくら防衛しても仕方がない。そのぶん、巣を木の上に作ることで天敵の侵入を防ぎます。
そもそも、守れないものを無理して守ろうとせず『失敗したらまた別のつがいを作ればいいや』、というのは生物学的には非常に合理的なんですよ」
「でもやっぱり、薄情だなぁ、と思ってしまいます」
「これは、逆に言うと『オシドリの子育てに父親は必要ない』ということでもあるんですよ。そもそもオシドリのヒナって、生まれたときからしっかり綿毛に包まれていて目もぱっちり開いていて、ピーピー鳴くことだってできる。すでに独立できる状態なんですよ。
ヒヨコを想像してもらえると分かりやすいかな。卵から孵化して1日目にはすでにふわふわだし、自力で歩いて地面をつっついてエサを取れるんです」
「でも、スズメやツバメのヒナは目も開いてないし丸裸の状態。お父さんとお母さんが一生懸命エサを取ってきてあげないと育たないんですよね。
オシドリのヒナなんて、孵化したその日に高さ10mの巣から地上に飛び降りますよ」
「え! 10m!? それはいくらなんでも、たくましすぎませんか?」
「そうなんです。でも、それだけたくましく生まれてくるもんだから、お父さんはもうやることがないんですよ。放っといても育つから」
「たしかにそうだーーーーーー! その話、目からウロコです!」
「でしょう? 意外と気付かないことが多いけれど、身近な動物で考えればわかることなんですよ」
「今後、オシドリが進化して一夫一妻制になることってあると思いますか?」
「うん、利点があれば進化していくと思いますよ。一夫一妻制でお父さんも子育てに参加するほうが、ヒナがたくさん育つ、とかの利点があればね」
「じゃあ、オシドリ業界にイクメンが現れて周りのオスたちが感化され、その利点が知られるようになったら......空前のイクメンブームが巻き起こる可能性もあるってことですね!?」
「それはありえます。ただ、オシドリのオスがイクメンするのってやっぱりしんどいことだから、変わったとしても、不便さと利益を天秤にかけながら、少しずつ変わるんじゃないかな」
「オシドリに限らず人間も含めた生物にとって、『子孫を残せるかどうか』は最優先事項ってことですね。そのために少しずつ進化してきている、と」
「そうですねぇ。人間の場合、感情があるので、夫婦生活もそう単純にはいきませんが、やはり人間も動物ではある訳で。基本的に婚姻関係っていうのは、生物としては愛情の問題じゃなく子育ての問題なんだろうと思います」
「人間にとっては、きっと何十万年も昔に『お父さんが一緒にいて、守ってあげて獲物を取ってきて夫婦で子どもを育てる』というのが、生物として繁栄するのに最適な道だったんでしょうね」
「うんうん。道徳とか倫理の問題じゃなく、素直に子どもの面倒を見ていたお父さんの子どもが生き残って、その遺伝子を残すことができたから『お父さんも子ども の面倒を見る』、という性質が人間にはずっと続いてきている訳です。そのときに、放ったらかしていても子どもが育っていたとしたら、こういう性質は残っていなかったでしょうね」
まとめ
最初は「オシドリはオシドリ夫婦じゃないって本当?」みたいな軽いノリの話だったのに、最終的には人間も含めた生物の進化の話になってしまいました。
今日わかったことは、
「オシドリは世間一般で言われているような"オシドリ夫婦"じゃない! でもオシドリにとってはこの生態が進化の過程において最適解である!」ということ。
現在のオシドリの生態は、生物として繁栄していくために最適な進化を遂げてきたからこそのかたちであって、いくら「メスが発情する間だけ側にいて、交尾が済んだらとっとと消えてオス同士何もせずただ群れてるだけ」のダメ男の究極形態みたいな生態であっても、それは決して悪いことではない!! それが、現時点のオシドリ夫婦にとっての最適解だから!!!
今後、誰かに向けて「よっ!オシドリ夫婦!!」と声をかける機会があれば、ぜひこの記事のことを思い出してくださいね。
それでは!
【書いた人】
木村衣里(きむらいり)
プレスラボ所属の編集者/ライター。
実家はちいさなパン屋で、三人姉妹の末っ子。
この世で一番愛らしい動物はカバだと思っている。
Twitter:@i_s_ooooo
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