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天才詩人たちが無名だった時代の恋愛模様『名もなき者』『ゆきてかへらぬ』

2025/02/28 更新
「汚れちまつた悲しみに」で知られる中原中也は、大正時代末から昭和初期に活躍した詩人だ。第一詩集『山羊の歌』を残し、30歳の若さで亡くなっている。1962年にレコードデビューを果たしたボブ・ディランも深遠な歌詞世界が話題を呼び、ロック界のカリスマとなっていった。活動した年代もジャンルも異なるものの、どちらも時代をこえて愛され続ける吟遊詩人だと言えるだろう。中原中也の青春時代を恋人・長谷川泰子の視点から描いた『ゆきてかへらぬ』(2月21日公開)、デビュー期のボブ・ディランを追った『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2月28日)を通して、ふたりの天才詩人の共通項を探ってみよう。

広瀬すず、木戸大聖、岡田将生ら旬のキャストが共演


駆け出し女優の泰子(広瀬すず)は、年下の中也(木戸大聖)と京都で暮らし始める
広瀬すず、木戸大聖、岡田将生が共演する『ゆきてかへらぬ』は、大正時代に青春期を過ごした女優・長谷川泰子、詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄の出会いと別れを描いている。脚本家の田中陽造は、やはり大正時代を舞台にした恋愛劇『ツィゴイネルワイゼン』(1979年)や『陽炎座』(1981年)で知られる大ベテランだ。太宰治原作の『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(2009年)の根岸吉太郎監督が映画化している。

まだ学生だった中原中也(木戸大聖)が下宿生活を送っていた1924年(大正13年)の京都から、物語は幕を開ける。駆け出し女優の長谷川泰子(広瀬すず)は京都の劇団に所属していたが、その劇団が解散してしまい、行き場所を失っていた。稽古場で顔見知りとなっていた中也から「僕の部屋に来ていてもいいよ」と言われ、中也が借りた六畳間に居候するようになる。

当時、中也は17歳。泰子は20歳。ままごとののような同棲生活の始まりだった。

大正時代に繰り広げられたトライアングルラブ


小林秀雄(岡田将生)から求愛され、泰子は動揺する
1925年(大正14年)、中也は泰子を連れて、東京へと上京する。その引越し先を訪ねてきたのは、小林秀雄(岡田将生)だった。のちに批評家として著名になる小林だが、当時は彼もまだ東大生だった。詩人仲間にはすでに名前を知られており、中也と小林は文学の話題で意気投合する。親交を深める男たちの様子を見て、どこか嫉妬心を覚える泰子だった。

小林が魅了されたのは中也の詩の才能だけではなかった。映画女優としてのキャリアを歩み始めた泰子の美しさからも、小林は目を離すことができなかった。酒乱癖があり、気が短い中也に比べ、小林には洗練された優しさがあった。小林からの求愛に泰子は戸惑いながらも、中也のもとを離れることになる。

中也は泰子への想いを断ち切れず、小林と暮らすようになった泰子の前にたびたび現れる。ここから先は、小林いわく「奇妙な三角関係」の物語となっていく。

まだ汚れることを知らなかった時代の記憶


後に小林秀雄は、自身の青春期を「奇妙な三角関係」と振り返っている
中原中也も小林秀雄も、世間に知られる前の無名時代のエピソードだ。長谷川泰子は口述による回顧録『ゆきてかへらぬ 中原中也との愛』(講談社)を1974年に刊行しているが、映画女優としての代表作は残すことができなかった。そんな3人の男女が共に過ごした日々を、根岸監督は愛おしく撮り上げている。

3人でボートに乗るシーン、夜の遊園地で無邪気に遊ぶシーン、ダンスホールにてチャールストンを踊るシーン……。3人とも、まだ何者でもなかった。何色にも染まっていないキャンバスのような未来がただ広がっていた。

和洋折衷の大正カルチャーが花開いた時代を背景に、キラキラと輝く恋愛絵巻が繰り広げられていく。3人の関係性をドロドロの恋愛地獄としてドラマ化することもできたはずだが、根岸監督はサラサラとしたタッチで全編を描いている。

時代は大正から昭和へと変わり、中也と小林はそれぞれ結婚し、家庭を持つことになる。泰子はシングルマザーという道を選ぶ。傷つけ合うこともあった3人だが、それでも彼らは忘れることができない。3人で過ごした時間のことを。それは、まだ汚れることを知らなかった時代の大切な記憶だった。

映画女優としての広瀬すずの輝き


恋愛経験を重ね、美しくなっていく泰子。広瀬すずの代表作になりそう
中也と小林を魅了する泰子役の広瀬すずは、今が女優としていちばん輝いている時期だろう。大正ファッションを身にまとい、CMやテレビドラマ以上にスクリーンに映えている。

Netflixドラマ『First Love 初恋』で佐藤健の若き日を演じた木戸大聖もいい。ローラースケートで軽やかに街を走るシーンは、大人になることを拒絶した退廃志向のピーターパンを思わせる。年下のふたりを見守る岡田将生のクールさも、批評家・小林秀雄役にうまくハマった。

本作をきっかけに大正カルチャーに興味を持った人は、田中陽造脚本&鈴木清順監督による『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』もぜひ観て欲しい。より大人向けの、濃厚かつ不思議な恋愛世界が楽しめるだろう。

1960年代、ロック伝説の始まり


ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じた『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
ハリウッド新時代のスター、ティモシー・シャラメが若き日のボブ・ディランを演じていることで話題なのが、ジェームズ・マンゴールド監督の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』だ。アカデミー賞には、ティモシー・シャラメが主演男優賞にノミネートされている他、作品賞、監督賞、助演男優賞(エドワード・ノートン)、助演女優賞(モニカ・バルバロ)と合計7部門にノミネートされている。

1961年のニューヨーク。ボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)は憧れのフォークシンガー、ウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)に会うために、故郷のミネソタからヒッチハイクでやってきた。入院中だったウディに面会したディランは、ウディに促されて自曲を弾き語る。その場に居合わせたウディの親友であるピート・シガー(エドワード・ノートン)の推薦で、ディランはナイトクラブで歌い始めることに。

しばらくしてディランは、教会のライブで公民権運動に参加する若い女性シルヴィ・ルッソ(エル・ファニング)と知り合う。同世代のふたりは、政治やカルチャーなどの話題が弾み、すぐに交際が始まる。1963年、ディランのブレイク作となるオリジナルアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のカバージャケットを、ディランとシルヴィは飾ることになる。ちなみにシルヴィは、ディランの恋人スージー・ロトロをモデルにしたキャラクターだ。

時代の波に乗ってブレイクするボブ・ディラン


エル・ファニングがディランの恋人役で出演
独創的なディランの曲は、たちまち人気が広がった。すでに「フォークの女王」として知られていたジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)とも、ディランは懇意になる。ディランとバエズは共に表現者として、触発し合う仲となっていく。この時期のディランは、まさにフリーホイール状態。シルヴィ、バエズと複雑な恋愛関係に陥っていた。

ディランが人気者になっていくにつれ、恋人シルヴィと距離が生じるようになる。ステージで歌うディランがその才能を輝かせる様子を、遠く離れた客席からシルヴィは眩しく見つめていた。

彼女が想像していた以上に、ディランは時代の波に乗って大物へと変貌を遂げていく。ディランの歌声に感動しながらも、悲しい別れが近づいていることを予感するシルヴィだった。恋人との間にどうしようもない隔たりを感じてしまった女性の揺れ動く心情を、エル・ファニングは瞬きだけで繊細に演じてみせている。

当時のフェスの熱気をリアルに再現


「フォーク界の女王」ジョーン・バエズになりきってみせたモニカ・バルバロ
1965年7月、ディランも自身の人生を決定づける瞬間を迎える。多忙を極めていたディランだが、恩人であるピート・シガーに頼まれ、ニューポートフォークフェスティバルに出演する。ジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)やジョーン・バエズらも出演する人気フェスの「トリ」を飾るディランだった。

このころのディランはアコースティックギターとハーモニカを奏でる初期のフォークスタイルから、ロックスタイルの「ライク・ア・ローリングストーン」を歌い始めた変換期だった。会場に詰めかけた観客らがフォークスタイルのヒット曲を求めるなか、ディランは観客やフェス主催者の思惑に従わない自分が決めたスタイルを貫くことになる。このフェスでのディランの決断が、彼の生涯とロックの歴史を大きく変えていく。

まさに「時代は変る」瞬間だった。

5年間にわたるボイストレーニングを経て、ティモシー・シャラメはボブ・ディランの名曲の数々をすべて自身で歌い、演奏もしている。しかも、別録りではなく、撮影との同録だったという。コロナ禍で準備期間が延びたことも幸いした。ティモシー演じるディランの歌声を聴いているうちも、あたかも1960年代にタイムスリップしたかのような感覚に陥っていく。時代が変わっていく熱気と狂乱を、リアルに感じさせてくれる140分だ。

中原中也とボブ・ディランをつなぐ、もうひとりの天才


ディランは2016年、ミュージシャンとして初のノーベル文学賞を受賞する
今回紹介した『ゆきてかへらぬ』と『名もなき者』は、どちらも天才詩人たちのブレイク前となる青春時代を描いていることで共通している。中原中也は長谷川泰子、小林秀雄らと交流を重ね、ボブ・ディランはスージー・ロトロやジョーン・バエズらとロマンスを咲かせた。どちらも自分の心情に正直すぎるあまり、相手を傷つけてしまうことが少なくなかった。

中也とディランはもうひとり、重要な人物で深くつながっている。それは19世紀に「放蕩の詩人」と謳われたアルチュール・ランボーだ。中也はランボーを敬愛し、訳詩集『ランボオ詩集』を亡くなる直前に出版している。ディランは恋人のスージー・ロトロからランボーの詩を教えられた。ディランの書く歌詞内容が難解なのは、ランボーの詩の影響だとされている。

ランボーは『地獄の季節』をはじめとする優れた詩を若くして残しているが、パトロンでもあった同棲相手の詩人仲間から銃で撃たれるなど破天荒な生涯を送ったことでも知られている。

自由奔放だったフランスの詩人に触発され、愚直なまでに自分に正直に生きようとした中也とディラン。彼らの青春の日々が、とても美しく感じられる。なぜ青春時代は、かくも眩しく感じられるのか。それは、二度と戻ることができない一生に一度きりの季節だからだろう。

『ゆきてかへらぬ』『名もなき者』作品データ

『ゆきてかへらぬ』
監督/根岸吉太郎 脚本/田中陽造 美術/原田満生、寒河江陽子
出演/広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、トータス松本、滝内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑
配給/キノフィルムズ 2月21日(金)よりロードショー
(c)2024「ゆきてかへらぬ」製作委員会
https://www.yukitekaheranu.jp/


『名もなき者/A COMPLETE UNNOWN』
監督/ジェームズ・マンゴールド 脚本/ジェームズ・マンゴールド、ジェイ・コックス
出演/ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー、初音映莉子
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン 2月28日(金)より公開
(C)2024 Searchlight Pictures.
https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown
長野辰次【MWJ映画部】
映画ライター。劇場パンフレットや「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿する他、美術系情報サイト「アートアジェンダ」などのネットメディアでも執筆。結婚を考えている人向けの話題作、注目作を紹介します。
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