現代版シンデレラ『アノーラ』がオスカー受賞、社会派ミュージカル『ウィキッド』『エミリア・ペレス』 も日本公開

「契約彼女」から「花嫁」に格上げされるヒロイン

恵まれない環境で育ったシンデレラは、裕福な王子さまと結婚し、本当に幸せになれたのだろうか？　そんな素朴な疑問に答えてみせたのが、ショーン・ベイカー監督の『ANORA アノーラ』だ。ロマンティックな「恋愛」と現実世界で新しい家庭を築いていく「結婚」は、まったくの別物であることが極めて分かりやすくドラマ化されている。

物語の主人公は、通称アニーことアノーラ（マイキー・マディソン）。祖母の代にロシアから米国に渡った移民の家系だ。ニューヨークのブルックリンでストリップダンサーとして働いていたアニーは、ロシア語が少しできることからロシア出身の青年・イヴァン（マーク・エイデルシュテイン）の接客を任される。アニーのことを気に入ったイヴァンは、ニューヨークのロシア人街・ブライトンビーチにある自宅にアニーを招待する。イヴァンはロシアの大富豪の御曹司だった。

セックスの相性もよく、自由奔放なイヴァンに惹かれるアニー。イヴァンもアニーにすっかり夢中になる。ロシアに帰国するまでの１週間、アニーに1万5000ドルを払うので「契約彼女」にならないかとイヴァンは提案する。アニーは喜んで契約に応じる。

契約期間の終わりが近づき、イヴァンとアニーはプライベートジェットでラスベガスへ。華やかな街で盛り上がった2人は、24時間営業の教会で結婚式を挙げることに。幸せの絶頂を感じるアニーだった。

ところが「息子が娼婦と結婚した」という噂を耳にしたイヴァンの両親は大激怒。アルメニア系の司祭・トロス（カレン・カラグリアン）、コワモテ顔のイゴール（ユーリー・ボリソフ）らに命じ、結婚はなかったことにさせようとする。

イヴァンが守ってくれると信じていたアニーだが、現実は違った。トロスたちから両親がこちらに向かっていると知らされ、イヴァンは慌てて逃げ出してしまう。置き去りにされたアニーは、トロスたちと手を組み、イヴァンを見つけ出して真意を確かめるしかなかった。

格差社会をタフに生きる新しいヒロイン像

リッチマンとセックスワーカーとの恋愛ストーリーというと、リチャード・ギアとジュリア・ロバーツの共演作『プリティ・ウーマン』（1990年）が有名だが、あくまでもシンデレラ物語の枠組みからはみ出さない現代のおとぎ話だった。一方、ショーン・ベイカー監督の『アノーラ』は、セックスワーカーとして働かざるをえない下流層と大富豪一家との間には、埋めようのない大きな溝があることをまざまざと浮かび上がらせている。

現代では社会の多様性が認められつつあるが、逆に人種差別や民族差別に代わる新しい差別が大きくなりつつある。所得の違いによる社会格差が、新たな分断を生み出している。入籍したばかりのイヴァンに逃げられたアニーは、おとぎ話とは違う現実のシビアさを思い知らされる。

アカデミー賞主演女優賞を受賞したマイキー・マディソンは、アニーを決して悲劇のヒロインとしては演じていない。アルメニア系のイゴールらに軟禁状態にされてもへこたれず、逆にイゴールたちを圧倒していく。彼女のパワフルさこそが『アノーラ』という作品のいちばんの魅力だろう。イヴァンの母親と対面するクライマックスは、女同士の激しい火花が飛び散る。女たちの闘いに、男はうかつに口を挟むことができない。

格差社会の厳しい現実を、コメディタッチで描いた『アノーラ』。ショーン・ベイカー監督はこれまでにも、トランスジェンダーのセックスワーカーたちがクリスマスイヴを過ごす様子をiPhoneで撮影した『タンジェリン』（2015年）、安モーテルで暮らすシングルマザーたちを子どもらの視点で描いた『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』（2017年）などが評価されてきた。社会の底辺を懸命に生きる主人公たちを肯定的に描く作風が、ショーン・ベイカー監督の持ち味となっている。

逃げ出した花婿・イヴァンも厳格な両親との暮らしが息苦しかったから、快活なアニーに魅了されたのだろう。ロシアに帰国してから、イヴァンは失ったものの大切さに気づくに違いない。そして、何よりもアニーことアノーラが最後に流した涙の美しさを、イヴァンのバカは一生知らないまま過ごすことになるのだ。

見習い魔法使いたちの友情物語『ウィキッド ふたりの魔女』

アカデミー賞美術賞と衣装デザイン賞を受賞した『ウィキッド ふたりの魔女』にも注目したい。『ウィキッド』を撮ったジョン・M・チュウ監督は中国系のアメリカ人。アジア系俳優たちがメインキャストを演じた『クレイジー・リッチ！』（2018年）を大ヒットさせたことで知られている。

シンガポール出身の青年ニックと交際中の中国系アメリカ人レイチェルが、ニックの親友の結婚式に出席するため、ニックの故郷であるシンガポールを訪ねるというもの。ニックの実家は宮殿のような大豪邸で、レイチェルは唖然とする。『アノーラ』と同様に、「格差婚」をテーマにした社会派コメディだった。結婚を考えているユーザーは、こちらもぜひ観てほしい。

ブロードウェイミュージカルを映画化した『ウィキッド』も、肌の色の違いによる偏見や差別をテーマにしたメッセージ性の強い作品となっている。スクールカーストの上位者である人気者・グリンダ（アリアナ・グランデ）と、緑色の肌に生まれたことから誤解されがちなエルフォバ（シンシア・エリヴォ）が魔法学校で共に学び、次第に友情に結ばれていくシスターフッドムービーだ。

アカデミー賞授賞式のオープニングを飾ったアリアナ・グランデとシンシア・エリヴォの歌唱シーンが、豪華なセットや衣装によってより華やかに物語を盛り上げている。偏見やつまらない常識などに縛られず自由に生きることができれば、人間は空を飛ぶことさえできるというフィナーレは実に印象的だ。

後編『ウィキッド For Good 』は2025年11月に公開が予定されており、二部構成なことからアカデミー賞主要部門の受賞は逃してしまったが、エンタメ性とメッセージ性をうまく融合させるジョン・M・チュウ監督は、近いうちにオスカー像を獲ることは間違いないだろう。

ジェンダー問題を扱う異色ミュージカル『エミリア・ペレス』

ゾーイ・サルタナの助演女優賞と歌曲賞の２冠に選ばれたのは、フランスの名匠ジャック・オーディアール監督が撮った社会派ミュージカル『エミリア・ペレス』。メキシコで麻薬王として恐れられていた男が性別適合手術を受け、女性として新しい人生を歩むという異色ストーリーとなっている。

麻薬王から女性に変身する主人公を演じたのは、自身もトランスジェンダーであるカルア・ソフィア・ガスコン。トランスジェンダーとして初めてアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたことが大きな話題となった。賞レースで本命と目されていた『エミリア・ペレス』だが、ガスコンがSNSで差別的発言をしていたことが悔やまれる。

暴力の世界で生きてきた主人公が、性別適合手術を受け、見た目だけでなく性格や考え方まで変わるものなのかという疑問は感じるが、そこは映画的フィクションとして受け入れたい。権力主義の男性的社会からお互いを認め合う女性中心の社会になることで、世界は大きく変わるのかもしれない。

劇場で観たい、ティモシー・シャラメの主演映画

ティモシー・シャラメは『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』『デューン 砂の惑星PART2』と２本の主演作がアカデミー賞作品賞などにノミネートされたが、受賞は『砂の惑星PART2』の視覚効果賞と音響賞のみにとどまった。『名もなき者』でボブ・ディランの名曲の数々を完全マスターしたシャラメは主演男優賞にノミネートされたものの、『ブルータリスト』（公開中）でユダヤ系の建築家に扮したエイドリアン・ブロディに譲る形となった。

まだ20代のシャラメは、今後いくらでもチャンスがあるとアカデミー賞会員たちに思われたのだろう。無冠に終わった『名もなき者』だが、時代の分岐点となった1960年代の米国の状況をリアルに再現しており、新しい時代に向かっていく勇気を観客に与えてくれる胸熱系の作品となっている。

今回のアカデミー賞主要部門を制した『アノーラ』のショーン・ベイカー監督は、受賞スピーチで「映画館に足を運んでほしい」と訴えた。『アノーラ』だけでなく、『ウィキッド』『エミリア・ペレス』、そして『名もなき者』も、ぜひスクリーンで鑑賞したい。2025年に観た特別な作品として、あなたの記憶にずっと残り続けるはずだから。

『ANORA アノーラ』ほか作品データ

『ANORA アノーラ』
製作・監督・脚本・編集／ショーン・ベイカー
出演／マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン
配給／ビターズ・エンド、ユニバーサル映画　R18＋　全国ロードショー中
(C)2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C)Universal Pictures
https://anora.jp/

『ウィキッド ふたりの魔女』
監督／ジョン・M・チュウ　
衣装デザイン／ポール・タゼウェル　美術／ネイサン・クロウリー、リー・サンデルズ
出演／シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ、ジョナサン・ベイリー、イーサン・スレイター、ボーウェン・ヤン、ピーター・ディンクレイジ、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラム
配給／東宝東和　3月7日（金）より全国ロードショー
(C)Universal Studios. All Rights Reserved.
https://wicked-movie.jp/

『エミリア・ペレス』
原作／ポリス・ラゾン　監督・脚本／ジャック・オーディアール　
音楽／カミーユ、クレマン・デュコル
出演／ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パス、エドガー・ラミレス、マーク・イバニール
配給／ギャガ　3月28日（金）より全国ロードショー
(C)2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMA COPYRIGHT PHOTO : (C)Shanna Besson
https://gaga.ne.jp/emiliaperez/

『名もなき者/A COMPLETE UNNOWN』
監督／ジェームズ・マンゴールド　脚本／ジェームズ・マンゴールド、ジェイ・コックス
出演／ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー、初音映莉子
配給／ウォルト・ディズニー・ジャパン　全国ロードショー中
(C)2024 Searchlight Pictures.
https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown