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「わたしと仕事、どっちが大事?」問題を考える『スマッシング・マシーン』が描く恋愛のリアル

2026/05/13 更新
「わたしと仕事、どっちが大事なの?」

多くの恋人たちが体験してきた言葉ではないだろうか。20代は仕事を覚えることに追われ、30代になると仕事が面白くなり、交際相手と過ごす時間はどうしても後回しにされがちだ。

そもそも、仕事と恋人という性質の異なるものを、同じ天秤で量ることは不可能である。だが、この質問にどう答えるかは、恋人たちにとってある種の通過儀礼でもあるかもしれない。答えを誤ると、それまで築いてきた恋愛関係は破局を招くことにもなりかねない。

映画『プラダを着た悪魔』(2006年)でも、ファッション誌で働き始めたアン・ハサウェイ演じる主人公は、仕事にのめり込むあまり、恋人の誕生日パーティに参加できず、険悪ムードになってしまう。近年はリモートワークが増えた分、プライベートと仕事の境界があいまいになり、より深刻な問題となっている。

ドウェイン・ジョンソンとエミリー・ブラントが共演した映画『スマッシング・マシーン』(5月15日公開)は、総合格闘家マーク・ケアーと恋人のドーンを主人公にした実話系ドラマだが、「わたしと仕事、どっちが大事なの?」という問いが物語の核になっている。

格闘技ファンだけでなく、結婚や同棲などの将来設計を考えているカップルにもぜひ観てほしい作品だ。
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リング上では「最強の男」がさらした意外な一面


1990年代、黎明期の総合格闘技界でケアー(ドウェイン・ジョンソン)は無敵だった
ベニー・サフディ監督がベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞し、日本出身のメイクアップアーティストのカズ・ヒロが参加したことでも話題となった『スマッシング・マシーン』。2002年に米国のケーブルTVで放映された、マーク・ケアーを主人公にしたドキュメンタリー番組『The Smashing Machine』を気鋭のスタジオ「A24」がドラマ化したものだ。

マーク・ケアーは1997年から総合格闘家として活躍し、日本では総合格闘技イベント「PRIDE」に出場し、「霊長類ヒト科最強の男」と呼ばれた人気ファイターだった。身長185cm、体重は119kg。首から肩にかけての筋肉の盛り上がり方が尋常ではなく、アマレス仕込みの強烈なタックルで対戦相手を倒し、パンチの連打で圧倒するファイトスタイルで一世を風靡した。

ドキュメンタリー番組『The Smashing Machine』は、リング上のマーク・ケアーの「smashing machine(壊し屋)」と称された暴れっぷりを伝えるだけでなく、リングを降りたケアーが依存性の強い鎮痛剤に頼るという脆さもカメラは捉えていた。マッチョの象徴のような存在が、薬物依存に陥った姿は全米に大きな波紋を呼ぶことになった。

このドキュメンタリー番組を観て、感銘を受けたのが元プロレスラーの人気俳優ドウェイン・ジョンソンだった。ドウェイン自身が企画した映画だけに、マーク・ケアーへのなりきりぶりがすごい。筋肉のつき方までリアルに再現してみせている。

試合が近づくにつれ、広がっていく溝


ベニー・サフディ監督(画像右)は『アンカット・ダイヤモンド』(2019年)でギャンブル依存症の男を描いている
リング上では無類の強さを誇るケアー(ドウェイン・ジョンソン)だが、リングを降りると別人のようだった。試合後、病院の待合室で老婦人から「殴り合うなんて野蛮ね。相手が憎いから殴るの?」と質問され、「いいえ、違います。仕事なんです」とケアーは丁重に答える。老婦人の孫にサインするなど、心優しい姿が映し出される。

ケアーには同棲中の恋人・ドーン(エミリー・ブラント)がいた。豪邸での彼女との生活を維持していくためにも、ケアーはリングに立ち続ける必要があった。ドーンはケアーのために、プロテイン入りのドリンクを作るが、脱脂乳かそうでないかで口論となる。ケアーにとって体づくりは資本だから何よりも重要なことだが、格闘技の知識がないドーンにしてみれば、ケアーは神経質すぎるように思えてしまう。

結局、ケアーはドーンが用意したドリンクを流しに捨て、最初から自分で作り直すことになる。ささいなことだが、ふたりの間の溝が少しずつ広がっていくことになる。

試合が近づくにつれ、ケアーはますますナーバスになる。大男たちがガチンコでぶつかり合うリング上は、まさに命のやり取りだ。ケアーが神経を尖らせるのも当然なのだが、ドーンにしてみれば、リング上では男らしいケアーがリングを降りると別人のように変わってしまうことに戸惑ってしまう。

エミリー・ブラントの参加で大きくなった恋人の存在


日本で開かれる格闘技大会「PRIDE」にドーン(エミリー・ブラント)も同行する
ドキュメンタリー版では出番が限られていた恋人のドーンだが、ドウェインとディズニー映画『ジャングル・クルーズ』(2021年)で共演したエミリー・ブラントがドーン役に起用され、物語に占める比重が大きくなった。エミリー・ブラントも本人を取材するなど、ドーン役への同化に努めている。

一緒に暮らすドーンは、ケアーの悩みを自分も共有したいと思っているのだが、ケアーは自分のことで目一杯で彼女のことまでは気が回らない。ケアーはトレーニングパートナーであり、ライバルでもあるマーク・コールマン(ライアン・ベイダー)やトレーナーのバス・ルッテン(バス・ルッテン本人)らと「男だけの世界」を築いていく。ドーンは女性である自分は疎外されているように感じてしまう。

日本の興行主・榊原(大沢たかお)が主催する「PRIDE」のグランプリ大会に、ケアーは出場することが決まる。ケアーにとっては今後の格闘家人生を左右する重要な大会だった。その大会にケアーはドーンを連れて行かないという。「大事な大会だから、集中したいんだ」とケアーが説明すると、ドーンは「わたしがいると集中できないの?」と喰ってかかる。

リング上でのタフな姿と違って、日常生活では恋人ドーンの言動に一喜一憂するケアーだった。

この映画は有名アスリートの伝記映画ではなく、仕事と恋人とのはざまで悩む全ての人に共通する「恋愛あるある」物語となっている。

理想のヒロインvs.生身の女性


プロの格闘家であるケアーは、メンタル面の調整も重要だった
本作と対照的な映画がある。スポーツ映画の金字塔とされる『ロッキー』(1976年)だ。借金の取り立てで生計を立てていた三流ボクサーのロッキー(シルベスター・スタローン)は、チャンピオンのアポロとの対戦が決まり、ボクシング人生を賭けた大一番に挑む。

猛トレーニングに励むロッキーを、恋人のエイドリアン(タリア・シャイア)は静かに見守り続ける。そしてリング上でロッキーが全力を尽くした後は、優しく抱擁するという「理想のヒロイン」像となっている。

ボクシングの世界に没頭するロッキーとは一定の距離を保つエイドリアンに対し、ドーンは自分がのけ者にされることを嫌う。ふたりは真逆の関係にある。でも、だからこそサフディ監督が撮った『スマッシング・マシーン』は評価されたのだろう。理想のヒロインではない、現実的な生身のひとりの女性が描かれている。

ケアーがリング上で闘っている間、ドーンもまた闘っていた。恋人の心の中に自分の居場所を作ろうと、彼女は彼女なりに必死だったのだ。

「わたしと仕事、どっちが大事なの?」

この質問を投げかけてきた恋人に対し、「ちょっと待って」は通じない。あなたの人生の中に、わたしの居場所があるの? 恋人はそう問いかけているのだから。

リアリティーショーさながらの、どう転ぶか分からないケアーとドーンの危うい恋愛ドラマを見届けたあなたなら、この問いにどう答えるだろうか?

作品データ


映画『スマッシング・マシーン』
監督・脚本・ベニー・サフディ 特殊メイクデザイナー/カズ・ヒロ 
出演/ドウェイン・ジョンソン、エミリー・ブラント、ライアン・ベイダー、バス・ルッテン、オレクサンドル・ウシク、大沢たかお、石井慧、光浦靖子、布袋寅泰
配給/ハピネットファントム・スタジオ 5月15日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
(C)2025 Real Hero Rights LLC
https://happinet-phantom.com/a24/smashingmachine/index.html
長野辰次【MWJ映画部】
映画ライター。劇場パンフレットや「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿する他、美術系情報サイト「アートアジェンダ」などのネットメディアでも執筆。結婚を考えている人向けの話題作、注目作を紹介します。
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