ヴェネチアを沸かせた「少女たちのイノセンス」。是枝裕和監督『ルックバック』、塚本晋也監督『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
2026/09/10 更新
出口夏希と蒔田彩珠が共演した実写版『ルックバック』
ハネムーンのメッカであり、映画芸術の都として知られるのが、イタリア北東部にあるヴェネチアだ。『ベニスに死す』(1971年)や『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)など数々の映画のロケ地となり、アドリア海に浮かぶリド島では世界で最も伝統のある「ヴェネチア国際映画祭」が毎年8月~9月に開催されている。
これまでに黒澤明監督の『羅生門』(1950年)、稲垣浩監督の『無法松の一生』(1958年)、北野武監督の『HANA-BI』(1997年)が金獅子賞を受賞するなど、日本映画とも関わりが深い映画祭だ。今年のコンペティション部門には、是枝裕和監督の『ルックバック』、塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が選出され、プレミア上映されている。
日本では9月11日(金)より劇場公開される2作品の魅力を紹介したい。
これまでに黒澤明監督の『羅生門』(1950年)、稲垣浩監督の『無法松の一生』(1958年)、北野武監督の『HANA-BI』(1997年)が金獅子賞を受賞するなど、日本映画とも関わりが深い映画祭だ。今年のコンペティション部門には、是枝裕和監督の『ルックバック』、塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が選出され、プレミア上映されている。
日本では9月11日(金)より劇場公開される2作品の魅力を紹介したい。
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もっと絵がうまくなりたい」文化系の青春
秋田県にかほ市でロケを行い、原作の名シーンをリアルに再現している
小学4年生の藤野は、学年新聞で四コマ漫画を連載しているクラスの人気者だ。不登校児の京本と画力を競い合うように、漫画を描き続けた。小学校の卒業式の日、運命のいたずらによって2人は出会うことに。中学からは漫画を2人で共作するようになる。
「もっと絵がうまくなりたい」という真っ直ぐな気持ちが、藤野と京本を引き合わせた。同じ道を志す仲間と出会えた喜びを分かち合い、2人はひたすら机に向かい続ける。文化系の青春ストーリーとして、幅広く愛される作品となっている。
新人俳優の魅力を巧みに引き出す是枝監督
漫画の共作を始めた藤野(七瀬ふうり)と京本(岡田六花)
今回は秋田県にかほ市でロケ撮影を行っている。白鳥の飛来地でもある同市の自然の豊かさを1年かけてじっくりと撮影し、春夏秋冬の季節の移り変わりをカメラに収めている。
主演俳優は、是枝監督のNetflixドラマ『舞妓さんちのまかないさん』(2022年)で共演した出口夏希と蒔田彩珠。自信家の藤野を出口、シャイな京本を蒔田が演じている。
そして何よりも特筆したいのは、小学生時代の藤野と京本を演じた子役の七瀬ふうり、岡田六花だ。
是枝監督は『誰も知らない』(2004年)で柳楽優弥、『海街diary』で広瀬すずを見出しており、まだ演技経験の少ない新人俳優の魅力を引き出すのが巧みだ。本作でも是枝監督はその才能を遺憾なく発揮してみせた。
いつまでも見ていたいスキップシーン
俳優デビューとなった藤野役の七瀬ふうり。オーディションで選ばれた
原作漫画、アニメ版で話題となった藤野が京本と出会った直後のスキップシーンもまったく遜色がない。ソウルメイトと出会い、自分の進むべき道を確信した心の躍動感が、七瀬ふうり演じる藤野の踊るような足運びに凝縮されている。ずっと主人公たちの少女時代を見ていたいと思わせるものがある。
また、七瀬ふうりと岡田六花がどのタイミングで、出口夏希と蒔田彩珠に変わるのかにも注目してほしい。
死との和解を描く創造の世界
『ルックバック』のタイトルどおり、主人公たちの背中が映し続けられる
災害や事件によって大切な人を失った人々の喪失感に向き合い、そして亡くなった人たちを弔うための最適のアプローチが、藤本タツキにとっては漫画の執筆だったに違いない。『ルックバック』は藤本タツキが漫画家であり続けるために、どうしても描かなくてはならない物語だった。
物語の冒頭、小学4年生の藤野は四コマ漫画の「キス」を描く。事故に遭った恋人たちが、また生まれ変わって再会を果たすという壮大な恋愛ストーリーとなっている。
漫画を描き続ける限り、藤野は大切なソウルメイトとつながり続けることができる。主人公たちの背中を映し続ける『ルックバック』は、創作に取り組むすべての人たちに捧げられた作品だ。
加害者視点で描かれた戦場の恐ろしさ
戦争の悲惨さを描いた『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
塚本監督が主演と監督を兼ねた『野火』(2015年)に続き、新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』も戦争の恐ろしさを真正面から描いた作品だ。貧しい家庭に生まれた米国の若者アレン・ネルソンがベトナム戦争に従軍し、PTSD(心的外傷後ストレス症)を患った体験を綴った同名ノンフィクションを映画化している。
1965年、18歳になるネルソンは米国の海兵隊に入隊し、沖縄での特訓を経て、ベトナム戦争の最前線へと送り込まれる。ジャングルで体験する初めての銃撃戦。そして、ゲリラ兵を匿う農村を丸ごと焼き払い、女性や子どもたちも殺戮する「サーチ・アンド・デストロイ」作戦に従った。
戦争は被害国の人たちだけでなく、加害国側の兵士たちも深い心の傷を負うことがまざまざと伝わってくる。
塚本監督のデビュー作かつ代表作『鉄男』は人間が機械化する不気味さを描いたSFファンタジーだったが、実話をベースにした『ネルソンさん』は戦争によって人間が殺人兵器に変貌してしまうリアルな衝撃を与える。
当時は理解されなかったPTSD
小学校のシーンは、ニューヨークでロケが行われた
ホームレスに身をやつしたネルソンのことを心配し、高校時代の同級生から小学校でベトナムでの体験を語ってほしいと頼まれる。断りきれずに小学校を訪ねた当日、無難な話題を選んで話していたネルソンだったが、ひとりの少女から「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」と最後に質問される。
少女の率直な問いに全身が硬直するネルソンだったが、その直後に少女がどんな行動を見せたのかぜひ刮目してほしい。
戦場で心がボロボロになった男は、少女のイノセンスに触れ、立ち直るきっかけをつかむことになる。
心の傷に向き合う主人公たち
主演のロドニー・ヒックスはミュージカル『レント』のオリジナルキャスト。精神科医役のジェフリー・ラッシュは『パイレーツ・オブ・カビリアン』でおなじみ
カウンセラーを務める精神科医のダニエルズ(オスカー受賞俳優のジェフリー・ラッシュ)の尽力によって、ネルソンは通常の生活を送ることができるようになるものの、PTSDは完治が難しいとされている。ネルソンを支える家族や仲間の存在も大きかったことが分かる。
今回紹介した2作品はどちらも心に大きな傷を負いながらも、その傷と共に生き続けようとする人間の強さと優しさの物語となっている。ヴェネチアの映画人たちが喝采を送った日本映画をこの秋、じっくりと味わってほしい。
文=長野辰次
作品データ
原作/藤本タツキ 監督・脚本・編集/是枝裕和
出演/出口夏希、蒔田彩珠、七瀬ふうり、岡田六花、野呂佳代、池田良、佐々木みゆ、山田真歩、宮藤官九郎、菅田将暉
配給/K2ピクチャーズ 9月11日(金)より全国公開
(C)藤本タツキ/集英社 (C)2026 K2 Pictures・集英社
https://k2pic.com/film/lb
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
原作/アレン・ネルソン 監督・脚本・撮影・編集/塚本晋也
出演/ロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、マーク・マーフィー、リリー・フランキー、タチアナ・アリ
配給/キノフィルムズ 9月11日(金)より全国公開
(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (c)Allen Nelson/KODANSHA
https://nelsonsan.jp/
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