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自分のことが大好きだけど、大嫌い! 新時代の アイコン・河合優実の主演作『ナミビアの砂漠』

2024/09/05 更新
不機嫌そうな表情が気になってしまい、どうにも目が離せない。2000年生まれの若手俳優・河合優実が、熱い注目を集めている。新鋭・山中瑶子監督とタッグを組んだ主演映画『ナミビアの砂漠』は、今年のカンヌ国際映画祭に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。1997年生まれの山中監督は、女性監督として史上最年少での同賞を受賞するという快挙となった。河合が演じた主人公の自由奔放さと、それゆえに生じる葛藤ぶりは、国内でも多くの共感を呼ぶに違いない。
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自由を求めれば求めるほど、息苦しくなっていく主人公


カナ(河合優実)は、新しい生活の始まりを記念して鼻ピアスを開ける
主人公のカナは、エステサロンに勤める21歳の女の子。スタイルがよく魅力的で、若さが全身にみなぎっている。学生時代の女友達(新谷ゆづみ)から連絡があれば、すぐ会いに行き、悩みを聞いてあげるという仲間想いでもある。イケメンの恋人・ホンダ(寛一郎)は優しい性格だ。一見すると、カナの生活はとても充実しているように映る。

 だが、カナの表情をよく追ってみると、心ここにあらずといった雰囲気をいつも漂わせている。女友達が自殺した同級生のことを話していても、その同級生と面識のないカナは上の空だった。職場では真面目に働いているが、いつまでこの仕事を続けるかは分からない。不動産会社に勤めるホンダはカナに一途だが、カナは映像クリエイターのハヤシ(金子大地)との浮気をこっそり重ねている。現状に満足できず、カナはもっと面白いもの、刺激のあるものを常に求めている。

 ホンダをあっさりと捨て、ハヤシと一緒に暮らし始めるカナ。その記念にと、ハヤシと共にタトゥーショップへ行き、鼻ピアスを開けることに。カナは自由気ままで、エネルギッシュな女性だ。でも、自由を求めれば求めるほど、カナは息苦しさも感じてしまう。現実社会の退屈さにうんざりし、そんな社会に適応してしまう自分自身に対しても、ムカついてしまう。

 不機嫌そうなカナの姿は、現代美術家の奈良美智が描いた代表作「Knife Behind Back」を思わせるものがある。奈良が描く女の子は、かわいらしい外見とは裏腹に世間に飼い慣らされることを拒絶するかのような鋭い目線をこちら側に投げ掛けてきた。山中監督が影響を受けた映画として挙げている『ゴーストワールド』(2001年)の、主演女優ソーラ・バーチも連想させる。男たちに媚びることなく、自分の道を突き進もうとする意思の強さをカナの視線は感じさせる。

河合優実のために企画されたオリジナル作品


『サマーフィルムにのって』で河合と共演した金子大地が、まったくの別キャラを演じている
新しい時代のアイコンになりつつある河合優実。そんな彼女の魅力が存分に楽しめる本作の成り立ちも、かなりユニークだ。山中監督が大学休学中の19歳のときに撮ったデビュー作『あみこ』(2017年)は、ベルリン国際映画祭のフォーラム部門に史上最年少で出品されるなど海外で高い評価を受けた。国内では都内のミニシアター、ポレポレ東中野などで上映され、『あみこ』に感激し上映会場にいた山中監督に「いつか出演させてください」と書いた手紙を渡したのが、当時高校3年生の河合だった。まだ芸能界にも入っていないのに、万能感を漂わせる初対面の女子高生のことが、山中監督は忘れられなかったそうだ。

 高校を卒業し、みずから芸能事務所の門を叩いた河合は、『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』(2021年)などに出演し、新人賞を受賞。さらに『PLAN75』『ある男』(2022年)や初主演映画『少女は卒業しない』(2023年)での演技も高く評価された。瞬く間に売れっ子になった河合優実の主演作という前提で、原作ものの映画化というオファーを山中監督は受けることになった。

 だが、山中監督は原作ものの映画化に悩みに悩んだ挙句、インドのガンジス川にまで行って、原作ものの企画を断ることを決断。そのことをプロデューサーに伝えたところ、「それじゃあ、河合優実主演のオリジナル作を」と再オファーされたという。こうして生まれたのが、『ナミビアの砂漠』だった。

 本作のシナリオを限られた時間の中で書き上げるため、山中監督と河合は話し合いを重ね、自分たちが普段感じていることを、赤裸々に盛り込んでいる。他のスタッフらの実体験も取り入れたそうだ。かくして誕生した主人公のカナは、多くの女性たちが今の時代に感じている気分や感情を代弁するキャラクターとなっていった。

同棲生活の中で起きてしまうケンカの数々


『あみこ』『ナミビアの砂漠』が海外で高い評価を受けた山中瑶子監督
映像クリエイターのハヤシとの共同生活を始めるカナ。クリエイターであるハヤシとの暮らしは、刺激に満ちたものになるはずだった。だが、現実はそう甘くない。自宅でパソコン相手に仕事をしているハヤシとは、生活のリズムがなかなか合わない。カナがまだ眠っていると、先に起きたハヤシは「小虫がいる」と言って大きな音を立てて、潰して回っている。ハヤシの神経の細かそうで無配慮なところが、カナの癇に障る。また、ハヤシは自分の仕事がひと区切りつくまで、食事を摂ろうとしない。空腹感からカナはムカついてしまう。こうした小さなトラブルは、同棲経験者あるあるだろう。

 ある日のこと、引っ越しの荷物の中から、ハヤシの過去に関する秘密をカナは見つけてしまう。ハヤシはエリート育ちの自信家だが、過去の秘密を知ってしまうと、カナは黙っていられなくなってしまう。ハヤシが楽しそうに過ごしている間、悩み、傷ついた女性がいることを思うと、カナは耐えられなかった。カナ自身は元彼のホンダに平気で嘘をついていたことを棚に上げ、ハヤシに自分の抱えるモヤモヤをぶつけてしまう。

 カナは正義感の強い正直者だが、同時に嘘つきで、自分中心に世界が回らないと気が済まないエゴイストでもある。次第にカナは自分自身を制御できなくなってしまう。

 このように紹介すると、『ナミビアの砂漠』はシリアスな重いドラマのように思うかもしれないが、山中監督の演出は実に変幻自在だ。ジョン・カサヴェテス監督の『こわれゆく女』(1974年)のジーナ・ローランズのように、美しい女性が精神的に不安定になっていく様子を、リアリティを持って描きながらも、グレタ・ガーウィグ主演・脚本作『フランシス・ハ』(2012年)を思わせるコミカルなテイストもあり、上映時間137分間を飽きさせることがない。 

 何よりも主演の河合がカナという等身大のキャラクターと一体化し、先行きの見通せない現代社会でひとりの女性が生きていくことの不安感を正直に告白していることに、驚きと共感を覚える。そして、そんなカナの動向から目が離せなくなってしまう。

2024年の話題を独占する勢い


サラリーマンのホンダ(寛一郎)は、カナに一途に尽くすタイプだ
2024年だけでも、河合の活躍は目覚ましいものがあった。宮藤官九郎脚本による連続ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)ではコメディとシリアスな演技を演じ分け、大ブレイクを果たした。入江悠監督の社会派映画『あんのこと』(Amazon Primeにて9月13日より配信)では、コロナ禍で生きづらさを抱えた同世代の実在の女性をシンパシーを持って熱演してみせた。6月からロングラン上映が続く劇場アニメ『ルックバック』では、表現者として生きる覚悟を決めた主人公の半生を、初挑戦した声優として生き生きと演じてみせている。

 本作も含め、どれも後世に語り継がれる名作になるに違いない。そして、どれもが河合の存在なくしては成立しなかった作品ばかりだ。

 タイトルの『ナミビアの砂漠』は、劇中のカナがスマホでよく見ている動画から付けられたもの。野生動物たちが砂漠のオアシスに集まり、水を飲む様子を眺めることで、カナは気持ちを落ち着かせている。アフリカで暮らす野生動物たちと同様に、カナの心はいつもカラカラに乾きっぱなしだ。

 そんなカナが、物語の最後に少しだけ笑顔を見せる。作り笑顔ではない、自然な表情だ。明るい未来が用意されたハッピーなエンディングではないが、いつもここではないどこかを追い求めていたカナが、目の前の現実を直視する瞬間でもある。

 この物語が終わっても彼女はいろんなものにぶつかり、多くの傷を負うことになるだろう。それでも、彼女は悩みながらも、自分の道を突き進むはずだ。河合優実や山中瑶子監督ら新しい世代は、これからどんな世界を切り開いていくのか。楽しみで仕方がない。

『ナミビアの砂漠』 公開劇場


『ナミビアの砂漠』
脚本・監督/山中瑶子
出演/河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美、倉田萌衣、伊島空、堀部圭亮、渡辺真紀子
配給/ハピネットファントム・スタジオ PG12 9月6日(金)より全国ロードショー
(C)2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
https://happinet-phantom.com/namibia-movie/
長野辰次【MWJ映画部】
映画ライター。劇場パンフレットや「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿する他、美術系情報サイト「アートアジェンダ」などのネットメディアでも執筆。結婚を考えている人向けの話題作、注目作を紹介します。
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