時計は社会生活に欠かせない道具だが、“人生という時間”を可視化する役割もある。つまり時計とは、ふたりで過ごした思い出を刻んでいくものでもあるのだ。だから結婚という人生の大きな節目に、素敵な時計を手に入れたい。
それはふたりで歩むこれからの時間を、大切にしていきたいという意思表明になるだろう。
グラスヒュッテのはじまりと、激動の歴史
長く生きていれば、困難にぶつかることもあるだろうし、思い描いたように物事が進まないことだってある。隣の芝が青く見えることもあるかもしれないし、正しく評価されていないと嘆くこともあるだろう。しかしそれでも時間は流れていく。与えられた責務を運命として肯定し、丁寧に仕事を進めていく。そういった誠実さは必ず信頼され、評価されるし、その自信が外見にも表れるだろう。
そう、時計の話である。
ドイツの時計ブランド「グラスヒュッテ・オリジナル」は、かなり風変わりな歴史をもつ。グラスヒュッテというのは、ドイツ東部ザクセン州の州都ドレスデンの郊外に位置する小さな街のこと。この地は時計師のアドルフ・ランゲが1845年に移住して時計工房を開いたことがきっかけとなり、ドイツ時計産業の中心となった。
ここで製造されるパイロットウォッチや船舶用のマリンクロノメーターといった時計は、スイスにも負けない品質を誇った。そしてメーター類や計器の製造を通じて、ドイツの産業を支えるまでの存在となっていった。
しかし第二次世界大戦の末期になると、重要な軍需産業拠点ということで連合国側から空爆を受けて時計工場は瓦礫と化し、侵出してきたソ連軍によって工作機械などを収奪されてしまう。また戦後は東ドイツ側に組み込まれ、グラスヒュッテの時計ブランドたちは、すべてまとめて国営企業VEB Glashütter Uhrenbetriebe(グラスヒュッテ国営時計製造会社。通称GUB)として運営されることになってしまう。
そして、“オリジナル”を名乗る名門へ
こういった歴史をなぞっていくと、社会主義政権下の艱難辛苦の物語にも聞こえてくるが、必ずしも悪いことばかりではなかった。
GUBは東側諸国に時計を供給する巨大企業となり、時計の生産本数は飛躍的に伸びた。またスイスの時計ブランドたちが日本のクオーツウォッチとの競争に敗れて倒産や休眠の憂き目にあっていた1970年代も、GUBは国営企業だったので時計師たちの雇用は守られ、伝統的な機械式時計の伝統が途絶えることもなかった。この点はスイスよりも幸運だったともいえる。
その後、1990年に東西ドイツは再統合されたことをきっかけに、A.ランゲ&ゾーネなど、かつてグラスヒュッテにあった時計ブランドが再興を果たす。それは時計技術が継承されていたという証明でもあった。
その一方でGUBは民営化されてGlashütter Uhrenbetrieb GmbHとなり、1994年に実業家がこの会社を買収して高級機械式ブランド「GLASHÜTTE ORIGINAL」が発足。そして2000年にスウォッチグループの傘下に収まり現在に至る。
「グラスヒュッテ・オリジナル」はグラスヒュッテの街に伝わる時計づくりの伝統を丁寧に継承してきたブランドであり、だからこそ“オリジナル”と名乗ることができるし、それだけの格がある。それはドイツ時計の歴史の中で、見逃すことのできないファクトである。
端正で質実剛健な数々の逸品
グラスヒュッテ・オリジナルの時計たちは、良くも悪くも派手さはない。それは国営企業の時代からの伝統を真面目に守っているからだ。しかし時計技術はアップデートした最新型となっており、レトロなデザインと現代的機能を融合させた形になっている。
「シックスティーズ」は、その名の通り1960年代に製作していた時計のデザインを継承するもの。やわらかにカーブするダイヤルが特徴で、風防ガラスも大きくカーブさせることで、機械式時計の黄金期を思わせる優美な時計に仕上げている。インデックスもユニークで、ダイヤルに線を彫り込んで、繊細だが趣のある表情をつくっている。
ダイバーズウォッチの「SeaQ」は、1969年に発表されたドイツ初のダイバーズウォッチ「Spezimatic RP TS 200」を継承するモデル。東ドイツ時代の武骨なニュアンスを残しており、スイスブランドとは違った存在感がある。
ドレッシーな「セネタ・エクセレンス」は、グラスヒュッテで製造していたマリンクロノメーターを思わせる端正なデザインが特徴。ローマ数字のインデックスはあくまでも上品にまとまり、大型のパノラマデイトは10の位と1の位の数字を一つの窓に収めることでモダンな表情になる。
これらすべての時計に自社製ムーブメントを搭載するが、グラスヒュッテの時計の伝統である4分の3プレートやゴールドのシャトン止め、テンプ受けのエングレービングなどの技術が取り入れている。これもグラスヒュッテの伝統を継承し、次世代へと受け継ごうという気持ちの表れだ。
2001年にグラスヒュッテ・オリジナルは、グラスヒュッテの街に時計学校を設立し、2008年にはドイツ時計の歴史を紹介するミュージアムも併設。ドレスデンから電車や車で1時間弱かかる立地にも関わらず、今では多くの時計愛好家が足を運ぶドイツ時計の聖地となっている。
ドイツ時計は、質実剛健で高品質と評価される。それは複雑の歴史の中で、伝統を守り抜いた人々がいたからだ。グラスヒュッテ・オリジナルは、まじりっけのないドイツ時計の姿を示している。“オリジナル”の言葉には、相応の重みがあるのだ。
篠田哲生セレクトウォッチ
シックスティーズ
品番:1-39-52-06-02-04
ガルバニック加工で色をつけた深いブルーのダイヤルにシルバーの針とインデックスを組み合わせることで、シンプルながら視認性に優れた時計に。アラビア数字インデックスのデザインも個性的で面白い。自動巻き、SSケース、ケース径39㎜。¥979,000
SeaQ
品番:1-39-11-06-80-35
ISOとDINが定めた国際規格に準拠した本格派ダイバーズウォッチで、防水性能は200m。矢印型の針など視認性を高める工夫が凝らされている。日焼けした風合いの「オールドラジウム」色の夜光塗料も、レトロなムードの演出に一役買っている。自動巻き、SSケース、ケース径39.5㎜。¥1,364,000
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セネタ・エクセレンス・パノラマデイト・ムーンフェイズ
品番:1-36-24-02-02-61
パノラマデイトを4時位置に、ムーンフェイズを10-11時位置に配置。独特のレイアウトによって、シンプルさの中に個性をつくる。100時間のロングパワーリザーブ。時分秒針は職人の手焼きによるブルースティール製となる。自動巻き、SSケース、ケース径40㎜。¥1,716,000
writer-篠田 哲生
1975年千葉県生まれ。2002年に独立し、時計記事の取材や執筆を始める。
時計学校を修了し、スイスやドイツへの取材経験も豊富。
近著の「教養としての腕時計選び」(光文社新書)は、韓国と台湾でも翻訳版が出版された。