結婚指輪を焦らしてから見せるのが、真の女優力

秘仏、ストリップ、結婚指輪。ご開帳の興奮を高める「焦らし」効果

女優さんが遂に結婚を発表。その大々的な記者会見が最も盛り上がる瞬間は、左手薬指にはめられた結婚指輪をお披露目する場面だ。その映像をおさえるためにワイドショーからカメラマンが送りこまれ、スポーツ新聞のデスクは、その写真を使うスペースを空けて待っている。「既にそこにあると知っているけれど隠されているものを公開する」というのは、寺院の秘仏であっても、場末のストリップであっても、特別な興奮を呼び寄せるもの。結婚指輪のお披露目にも同質の興奮があるのだ。

お披露目は、積極派と消極派の２つに分かれる。積極派は記者に問われる前から、「これがやりたかったんですー」と、左手を顔の横にかかげてみせる。急いでフラッシュを焚くカメラマン。溢れんばかりの幸せがそうさせるのだろうが、もうちょっと隠しておいて欲しい、という気もする。なぜって秘仏は、焦らしに焦らされるからこそ秘仏なのである。

芸能記者、カメラマン、女優。結婚会見を彩る駆け引き

とはいえ、消極派も、あまりに消極的すぎると困る。こなれた芸能記者が「その左手には、キラリと光り輝く指輪が……お見せいただけますでしょうか？」と声をかける。構えるカメラマンたち。「いやいや、そんなもう、恥ずかしいですぅ……」。芸能記者はめげない。「旦那様から贈られたのですよね？」と敢えて当たり前すぎることを聞く芸能記者。相手の回答にバリエーションを与えない設問にベテラン記者の腕が光る。「先ほどチラリと拝見できましたが、とってもステキな……」。開帳を呼び寄せる熟練の話法。

観念した女優が、恥じらいながらも左手をゆっくりと上げる。これ見よがしな大きさで輝くわけではない、程よい存在感で指輪が光を放っている。「恥ずかしいです……こんな感じで大丈夫でしょうか」。カメラマンから野太い声が飛ぶ。「こっちにも（目線を）いただけますー？」「すみませーん、こっちにもー」。左腕を上げたまま、扇風機が回るように、丁寧に体の向きを変え続けている。

結婚指輪を見せる上での積極派と消極派。今はなにかと芸能人自身が「ニーズ」を察知してくれるから、記者陣の要望に応えるようにして、率先して結婚指輪を見せてくれる。しかし、芸能記者やカメラマンは、たしかにそれで「取り分」をクリアしたものの、イマイチ物足りなさを覚える。焦らしに焦らされ、交渉の末、ようやく開帳させた指輪。その高揚感こそ結婚指輪のあるべき姿だと。

すごい女優は、結婚指輪を焦らしてから見せる

動画サイトで探し出し、これまで開かれた女優さんの結婚会見の映像をいくつか振り返ってみる。「すごい」「すごくない」という基準はとっても曖昧なのだが、「すごい」女優さんほど、左手を上げて結婚指輪を晒すタイミングがそんなに早くないことが分かる。結婚指輪を見せるタイミングとは、積極的や消極的といった、元来の性格に因るものではないのかもしれない。その場を自分の世界に包み込む力、つまり、「女優力」の有無でもあるのではないか。手垢まみれの恋愛メソッドの一つに「焦らす」がある。私たちは、先延ばしにされればされるほど、その対象が気になって仕方がなくなる生き物なのだ。そのことを女優は熟知している。

結婚会見で手紙を読み上げ「何卒」を「なにそつ」と読み上げた人もいた。「急な出来事で妊娠かと思いましたが」という、まったく不躾な質問を「それはありません！」と感情的に引き受けてしまった人もいた。この手の人たちは、指輪を焦らさずに見せる傾向にある。つまり結婚指輪というのは、水戸黄門の印籠とまったく同じ役割を果たしているのだ。女優は日々の鍛錬によって、喜怒哀楽そのまんまの演技ではいけないと擦り込まれている。笑いながら怒りを伝え、無表情で喜ぶ職業なのだ。だからこそ、こんなにもわかりやすく晴れやかな舞台では、すごい女優さんほど「焦らす」という選択肢を選ぶ。そもそも、黄門様が印籠を差し出すのは、残り15分ほどでのことだ。最初から印籠を出したら、水戸黄門は5分番組になってしまう。

いわゆるサプライズプロポーズで、夜景の見えるレストランでの食事が終わろうとする頃、突然眼前に現れる指輪の存在は女性たちの心を動かすものらしいけれど、こちらは生まれてこのかた、夜景の見えるレストランで女性とディナーをしたことがないので、そんな指輪の効力を実感したことはない。テレビの前で柿ピーを食べ続ける日々の中でも唯一確認できる結婚指輪の効力の最大値は、「結婚指輪の開陳を焦らしている女優力」なのだった。学生時代に読んだモテ指南記事に書いてあったけど、焦らされると、男も女もメロメロになるらしい。結婚指輪を焦らす女優は、こんな時にも巧みなのである。


■ライター
武田砂鉄（たけだ さてつ）
1982年生まれ。ライター。東京都出身。大学卒業後、出版社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014年秋よりフリーへ。「cakes」「CINRA.NET」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」等で連載を持ち、多くの雑誌、ウェブ媒体に寄稿。インタビュー・書籍構成も手掛ける。2015年4月『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』（朝日出版社）を刊行。
http://www.t-satetsu.com/

■イラスト
堀道広（ほり みちひろ）
1975年生まれ。うるし漫画家。漆と漫画の分野でのかたよった活動を行う。著書に「青春うるはし！うるし部」「耳かき仕事人サミュエル」（青林工藝舎）「パンの漫画」（ガイドワークス）など。現在「アックス」(青林工藝舎)で「おれは短大出」を連載。
http://michihiro.holy.jp