ライターの姫野ケイです。
私は、ヴィジュアル系バンドが好きな女性を指す「バンギャ」という人種に属しております。
バンギャはファッションや金銭感覚、働き方などにおいて独特な価値観を持っている人が多いです。恋愛観や結婚観もそのひとつ。そもそも、付き合ってはいけない男の職業を表す3B(バンドマン、美容師、バーテンダーの頭文字)の一つでもあるバンドマンに熱を上げまくり、あわよくば恋に落ちたい......なんて、普通に考えて夢見過ぎでしょ?
とはいえ、バンギャでもV系バンドマンと結婚して、すてきな家庭を築いている人がいるのも事実。安定した収入がないくせに女性にはモテるバンドマンって、結婚相手には向かない気がするけど、そのあたりどうなんでしょうか? バンギャ界にいると、時おり、ちらほらとバンドマンと結婚したバンギャの噂が流れることがありますが、「あんな素敵なバンドマンと結婚できるなんてすごい! でも、いろいろと大変そう......」と、いちバンギャとしては羨望と不安が混ざり合ったような、複雑な気分になります。
というわけで、今回はバンドマンと結婚してお子さんにも恵まれたバンギャ仲間のマナミさん(仮名・50代)に、バンドマンと付き合うことや結婚することについて話を聞いてみることにしました。
マナミさん(仮名)。今回の取材は、顔や名前、旦那さんの所属していたバンド名は伏せることが条件。バンギャの世界は狭く、ちょっとの顔出しでも身元がバレる可能性があるんですよね。超めんどくさい世界です。
また、今回は「パンピ」代表として、Kekoon編集担当の根岸さんにもご同行いただきました。根岸さんも実はバンドマンなんですが、V系ではないため、バンギャに関する知識はゼロ。まずくたびれたネルシャツとか着てる時点で何もわかってない感じがします。
※バンギャはバンドマンやバンギャ以外の人のことを「パンピ」(一般ピープルの略)と呼び、「自分たちとは違う世界の人」と線引きをする傾向にあります。
「パンピ代表とか違和感しかないけど、よろしくお願いします。あとネルシャツのことはよくない?」
「黙って付いてきてください。バンギャがどういう生き物なのか教えますから!」
一目惚れしたバンドマンに手紙で想いを伝えた
「そもそも、マナミさんがバンギャになったのは何がきっかけですか?」?
「元々はヴィジュアル系なんてほとんど聞かずに、洋楽が好きだったの。でも、22歳のある日、友達に誘われて行ったバーでDJをしていたR様という男性が美し過ぎて衝撃を受けたのよ! 聞いてみると、R様はバンドをやっているというので、それから彼のライブを観に行くようになったのが始まりかな」
「え、なんで『様』付け? バンドマンってもっとカスみたいな人種でしょ?」
「『様』付けはマストです。憧れのバンドの人っていうのは、そのくらい崇高な存在なんです。じゃあ、R様のことは恋愛対象として見ていたんですか?」
「全然。だってR様にはパトロンがいたし。彼は鑑賞用。現実を忘れて美しい男を見る幸せなひと時よ」
「パトロン! だからバンドマンはクソなんだと思いますよ。基本的にヒモ体質」
「いいんですよ。美しい男にはすべてを捧げるのがバンギャの世界なんですから。あ、R様の音楽性はどうでしたか?」
「もちろん、音楽も好きな系統だった。好きな音楽じゃなきゃライブに行かないし。対バンで、興味のないバンドを見ているのって苦痛じゃない?」
「わかります」
「じゃあ、音楽はめちゃくちゃ最高だけど、見た目が好みじゃない場合はどうなるんですか?」
「ないですね」
「ないんだ。音楽は最高なんですよ? 見た目はあれだけど」
「天秤になんてかけられないわよ! どっちも釣り合ってなきゃダメ!」
「そういうものですね」
「......(そんなやついんの?)」
「で、しばらくはR様の追っかけをしていたんだけど、R様のバンドが解散しちゃってね......。当時、私は教師をしていたんだけど、教え子たちに『R様は私のもの!』って言っていたくらい夢中になってたのに(笑)」
「今のバンギャでもよくいますね、『●●様はオレの嫁』とか『●●様の嫁にしろ』とかってプリクラに書くコ。私も書いてましたけど」
「勝手に嫁にしないでくれる? 俺一応、妻と子どもがいるんだけど」
「根岸さんのことじゃないんで! 追っかけしてるバンドのライブ前ってよくバンギャ仲間でプリクラ撮るんですよ。こんな感じで!」
「だいたい、『嫁にしろ』ってなんなの。百歩ゆずって『させてください』だろ」
「うるさいんでほっときましょう。それで、R様のバンドが解散してどうしたんですか? 失意のどん底だったと思うんですが」
「うん、そのときに教え子が『マナミ先生が好きそうなバンドがいますよ!』って教えてくれたの。先に言うと、そのバンドのボーカルだったYさんっていうのが、今の旦那なんだけどね。それで、Yさんのライブがバレンタインの前日だったから、もしタイプだったらチョコを渡そうと思って、チョコを持ってライブに行ったら......」
「うんうん」
「細身イケメンで一目惚れ! もちろんチョコを渡したわよ。その後は押して押して押しまくって、さらに友達づてにYさんが働いている飲食店を教えてもらって3回通ったの。Yさんは当時まだ大学生で、バンドも売れていなかったし、飲食店でバイトをしてなんとか生活していたみたい」
「R様のときはライブを観ているだけで幸せだったのに、なぜYさんは恋愛対象になったんですか?」
「長く付き合っていたパンピの彼と別れて、ちょうど彼氏が欲しい時期だったから」
「あっ、そこらへんは普通にありがちな理由なんですね。たまたま相手がバンドマンだっただけで」
「そうそう。Yさんのバイト先に通って『一目惚れしました』って内容の手紙も渡したの」
「今はオフィシャルのファンメール用のアドレスもありますが、30年くらい前だとメールやLINEなんてなかった時代ですもんね。とはいえ、最近のバンギャでもバンドマンに手紙を書くコは多いですけどね。直接手渡しできることもあるし。私も累計200通以上は書いていると思います」
「意外と古風なやり方ですね。嫌いじゃないですよ。もらったことはありませんが」
「あげる人もいないと思いますよ。くたびれたネルシャツ着てるし」
「また言う?」
「でも、憧れの人に気持ちを伝えることって大切なんですよね、バンギャにとって。バンギャ仲間みんなで応援してるバンドにスタンド花を贈ったこともありますよ」
腕を広げているのはバンギャ用語で「咲く」という行動。好きなバンドマンに向けて行う。画像は贈った花に向かって咲いている私(姫野ケイ)。
「私も手紙には好きな音楽や文学作品のことをたくさん書いたなぁ。それで、他の友達も交えてYさんと遊べる関係になったのよね。そこから関係が発展して、初めて彼がうちに泊まりにきたときに、もれなく交わってしまって」
「よくあるパターンかと」
「でもね、そのときにびっくりしたのは、いきなり『結婚を前提に付き合ってください』って言われたこと! 彼のことを好きなバンギャはいっぱいいたし『他の女の子たちにも同じこと言ってるんでしょ?』って最初は冗談かと思って。でも冗談ではなかったみたい。それから、一年後の25歳のとき、ほんとに結婚しちゃいました」
「キャー! 夢のバンドマンとの結婚!」
「もう一度言いますけど、バンドマンってクソですからね? これは断言してもいい」
「根岸さんみたいなバンドマンばかりじゃないですから。続きが気になるー!」
生活費まで使って彼のバンドを応援
「でも、やっぱりバンドマンと付き合っているのは周りのファンには隠さないといけないですよね。結婚なんてなおさら...」
「そう、Yさんの取り巻きの女がいっぱいいたから隠していたわ。でもバンギャの子たちって大抵みんな、バンドマンと付き合ったらそのことをすぐに言っちゃうんだよね。バンドマンと付き合っているなんて、絶対に言っちゃダメなの。分かるでしょ?」
「よーく分かります。彼のイメージを落とすことになるし、他のバンギャから目の敵にされてしまうし」
「目の敵とか怖すぎるでしょ。嫉妬心すごすぎ」
「みんなが『私の●●様』だって思ってるんですよ。その想いを打ち砕く存在になるわけですから、無理もない話です」
「30年前の結婚なのに、今でも私、旦那が元バンドマンってことは関係者以外には隠していますからね」
「完全にめんどくさい。バンギャってみんなそうなの?」
「まあ、大体そうですね」
「......(やだなー)」
「じゃあ、ここからはちょっと現実的な話になりますけど、バンドマンと結婚となると、経済的な面でも不安だったのでは?」
「私はきちんと収入があったし、ボーナスなんて6ヶ月分出ていたから、生活費の6割は私持ち。とにかく働いてた」
「あーでも旦那さん、一応4割は負担してたんですね。完全なヒモではないのが救い」
「稼いでくれなくてもいいと思ってましたが、そこはバイトでがんばってくれてましたね」
「ご両親から、定職についていない男性との結婚は心配されなかったんですか?」
「両親に『どんな仕事をしている人なの?』って言われたとき、カタカナの職業を言っておけば親世代はよく分からないだろうと思って、『広告業界のプランナー』って言って紹介しちゃいました」
「親世代でなくてもよくわからない職種ですね」
「うん。うちはそれで何とかなったけど、旦那の両親に挨拶に行ったときは『こんなちゃらんぽらんなチンドン屋みたいな恰好の息子と、本当に結婚してやっていけるのか?』って驚かれましたね。だから、生活費は私が持ちますし、子どもをつくる気もないので大丈夫です、と説得しました」
「旦那さんは違いそうですが、完全にヒモ体質のバンドマンにとっては天使みたいな存在ですね。個人的にはバンドマンを甘やかしてはいけないと思ってますが」
「美しさと人間的な魅力があればいいんですよ。バンギャは憧れの人を支えることに誇りを持っていますから」
「支えるに値しないバンドマンも多いけどね」
「バンドマンのくせにバンドマンをディスりすぎ。その後、結婚してからもYさんはバンドを続けていたんですよね?」
「うん。結婚当初、彼のバンドは有名ではなかったんだけど、私が情報操作して知名度を上げさせたのよ。とある有名な音楽雑誌に好きなバンドの投票コーナーがあったのだけど、私の教え子たちに投票させて、ランキングをグイグイ上げさせたの」
応援しているバンドが売れていく姿を見守るのも、バンギャの醍醐味。
「すごい。愛の力」
「ファッションデザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッドと、ミュージシャンのマルコム・マクラーレンの結婚関係と一緒よね。ヴィヴィアンがマルコムをサポートして彼を有名にさせたじゃない。そんな関係に憧れていてね」
「ロマンチック! そう言えば、最初は子どもは作らない予定だったとのことですが、今、マナミさんはお子さんがいらっしゃいますよね」
「そう。結婚して10年くらいは子どもをつくらなかったんだけど、父の葬儀のとき、母から『私、ひとりぼっちになっちゃう』って言われてしまったの。母の子どもである私がまだ生きているのに! でも、なんだか母がかわいそうになってしまって、子どもをつくろうと決めました。あと、音楽の才能のある旦那の遺伝子を残したかったのも大きな理由かな」
「では、お子さんも音楽の道に?」
「いや、子どもはバンドに全然興味がない(笑)」
「そうなんですか。でも、案外そういうものかもしれませんね」
浮気するくらいの男が「魅力的」
「バンドマンってモテますし、浮気の心配はなかったんですか?」
「浮気、されちゃったのよ!」
「えっ!?」
「しかも、出産して1週間後に判明。留守電に『私はYさんと二年間付き合っていたのに、なんで赤ちゃんなんて生んだのよー!』って女の叫び声が入っていて」
「ひぃ......」
「ほらやっぱり!バンドマンなんてろくなもんじゃない!」
「まあまあ...最後まで話を聞きましょう」
「でも、浮気のひとつもできない男なんて嫌じゃない?私は結婚当初から『身体の浮気は良いけど、心の浮気はやめてね』って言ってきたの。だいたい男って浮気するのよ、バンドマンとか関係なく。一途な方が気持ち悪い。私は何歳になってもモテる男の人が好き」
「美しければモテるのは当然ですからね」
「さらっと独特の価値観をアピールしてるけどどうなってんの。浮気はだめでしょ? バンギャってそんなことまで受け入れちゃうの?」
「相手によるんじゃないですかね。あー私も何でも受け入れたくなるくらいの美しいバンドマンとなら結婚してみたいな」
「まあ、一般的にバンドマンと結婚したいなら、彼を支えられるくらいの経済力を持つか、どちらかの実家がお金持ちか、メジャーで稼いでいるバンドマンでないと厳しいんじゃないかな」
「確かにそのへんの経済問題は、結婚と切り離して考えられないとこですね。美しさ第一のバンギャもそのへんはリアルに考えてると」
「結婚ってお金がないとやっていけないわよ。うちは私が稼ぐかわりに、子育ては旦那が献身的に協力してくれたの。布おむつの交換や洗濯、保育園の送り迎え、私のための食事作り、子どもの入浴まで。私は子どもが9ヶ月になるまでお風呂入れたことなかったくらい、全部旦那がやってくれたから」
「今でいうイクメンですね」
「いやいや、バンドマンだから子育て免除ってことにはならないでしょ。美しければなんでもOKなの?」
「考えちゃうな」
「考えちゃうのかよ!」
「マナミさんはバンドマンと結婚して、今は幸せですか?」
「普通に幸せかな。子どももかわいいし。美しい男の遺伝子を残せたからそれで満足なのよ」
「わかるかも~」
「わからん!」
まとめ
ファンの9割が女性であり、他の音楽ジャンルのファンとは少し違った価値観を持った人も多いヴィジュアル系の世界。いかなるときも恋愛や結婚は隠さねばならないというのは、バンギャとバンドマンの関係の難しさを物語ってるように思いました。
とはいえ、憧れているバンドマンに愛してもらえ、さらには結婚できるなんて、バンギャにとってこの上ない幸せ。気をつけなければならないのは、自分は他のファンとは違うという優越感からSNSなどでのろけてしまい、関係があることが周囲にばれて、相手に迷惑をかけてしまうことではないでしょうか。
ヴィジュアル系バンドマンとバンギャ夫婦でも、幸せな家庭を築けるというのは、今回マナミさんに話を聞かせてもらって納得できたところ。バンギャの業は「美への執着」ですが、経済力とのバランスのなかで、そうした価値観とどのように折り合いをつけていくかが、結婚の鍵になりそうです。
「バンギャという生き物のことがわかりましたか?」
「美意識の高い音楽好きで、バンドマンに身も心も捧げる気持ちを持った人々ということがわかりました。誰かに支えてもらいたい底辺バンドマンは、すてきなバンギャに出会えるといいですね!ヒモはクソだが、夢を諦めるな!」
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