ナマステ! 旅行ライターの松岡宏大です。
まわりを見渡してみれば、国際結婚があちこちで散見される昨今ですが、今回紹介するのは、東京・練馬でカレー店『ケララバワン』を経営しているインド人のサッシー。奥さんは『インド夫婦茶碗』(ぶんか社)というマンガを描いている人気マンガ家の流水りんこさんです。
cぶんか社
実はふたりとも、私がバックパッカーをやっていた25年前からの友人。ふたりのことは結婚する前から知っていたけど、サッシーにその結婚観について話を聞くのは初めてなのですごく楽しみです。
サッシーは日本での結婚生活をどう考えているのでしょうか。インド人の結婚に対する考え方や、インドの結婚・恋愛の今昔などについて、いろいろと聞いてみました。
【話を聞いた人】
クーダトディ・サッシー/カレー店『ケララバワン』経営者。地元で愛される店として繁盛を続け、今年で開業12年。本格南インド料理が食べられる店として東京のカレー本や雑誌のカレー特集の常連でもある。
今でも親が決めた結婚が9割のインド
「サッシー、今日はよろしく。さっそく聞きたいんだけど、昔のインドって親の決めた相手と結婚するのが普通だったよね。今はだいぶ違うのかな?」
「今でも基本的には親が決めるね。ただ、近頃は写真で相手を見て、一度会ってお互いの同意を得た上で結婚するというのがパターンかな。ひと昔前までは、結婚式まで一度も会わずに結婚が決められたりしてたんだよ」
「見合い結婚どころか、見合ってもいない結婚。だいたいどのくらいの人たちがそうやって結婚するの?」
「9割はそうでしょうね。でも、私の生まれた南インドのケーララ州は少し特殊で、ヒンドゥー教徒のほか、ムスリムやクリスチャンも多く、宗教が違う男女が結婚することもある。それでも8割は親のきめた相手と結婚するよ」
「でもさ、インドの映画、いわゆるボリウッド映画ではたいてい自由恋愛じゃない。インドの人たちはあれをどう見ているのかな?」
「あれはスクリーンのなかだけで、夢みたいな感じだよ。だれも本気になんてしてない。そもそもインドにはカースト制度(※)というものがあって、同じカースト同士で結婚するのが普通。だからたいてい親戚や知人からの紹介みたいな感じで結婚するのさ」
※カースト制度とは?
インドにおける独特の社会的身分制度のこと。職業別コミュニティとして「ジャーティ」というものに細分化されており、結婚はこの「ジャーティ」内で行われる。日本では、「身分差別」「悪の根源」と負の面ばかりが教科書で教えられるのだが、「ジャーティ」に属していれば、仕事も世話してもらえるし、結婚相手も紹介してもらえる、暮らし安心クラシアン!という社会保障制度的な一面も併せ持っている。
「そういう意味では、カーストの力ってすごいよね。インド人って、外国に住んでいてもインド人同士で結婚したりするじゃない」
「うん。外国で暮らしていても、親が決めた結婚のためにインドに戻ることは珍しくないよ。うちで働いていた甥っ子も結婚のためにインドに戻ったからね」
占星術で結婚の相性をチェック
「そういえば、インド人って占星術もすごく大事にするよね。結婚のときもやっぱり占うの?」
「ホロスコープね。結婚するときはかならず占い師に二人の相性を見てもらうんだよ」
「でもさ、結婚相手があらかじめ決まってる人もいるわけじゃない。相手との相性が悪かったらどうするの?」
「この宝石の指輪を身につけていれば大丈夫とか、あそこの神様にお祈りすれば大丈夫とか、抜け道はいろいろあるんだよ」
「サッシーも占ってもらったの?」
「どうだったかな。りんこさんはやったとか言ってたような気がする」
「え? 大事なことなんじゃないの?」
「そうね。たいていの人は自分の生まれた場所や時間を記録していて、私も葉っぱに記録が残されているはずなんだけど」
「はず?」
「......誕生日わからないし、多分やってないんじゃないかなあ」
「なんかもうアバウトだなあ~(笑)。もういいよ。あとインドの結婚といえば持参金(※)ですよね。女性の側が男性の家に金品を献上するという、あれ」
「ああ、はいはい」
※持参金とは?
「ダヘーズ」または「ダウリー」と呼ばれるもので、結婚にあたり女性側の家族が男性側の家族に金品を送るという慣習。もともとは嫁に行く娘に対する財産分与という意味合いのものだったようだが、充分な持参金が用意できないから結婚を断られるとか、嫁ぎ先でひどい仕打ちを受けるとか、場合によっては殺人という物騒な事件が起こることも。一応、法律的には禁止されているが、実際はみんなやっている。
「りんこさんと結婚するときはどうしたの?」
「もらってませんよ。そのぶん、いま田舎に家を建ててあげたり、親戚の子たちを日本に呼んで雇ったりしてあげています」
「それすごいよね。インドの田舎に帰ったら、サッシーって日本で成功をおさめたビジネスマンっていう感じなんじゃない?」
「うん。インドに帰ると、みんなからお小遣いをせびられるよ(笑)」
男女で違う、インド人が外国人と結婚することのハードル
「りんこさんとはどこで出会ったの?」
「いまから25年以上前だけど、当時ケーララ州の田舎を出て、バラナシのゲストハウスのレストランのマネージャーの仕事をやっていたんだよ。世界中の旅行者が集まっていたんだけど、同じアジア人だからか日本人の旅行者とウマがあってね。それで日本の本を読んだりしながら、日本語を覚えていったんだ。りんこさんはそこに来ていた常連さんのひとりだよ」
「りんこさんのどういったところに惹かれたの?」
「.........日本的な感じがしたね。私が本などを読んで思い描いていた昔の日本人女性のおしとやかなイメージというか」
「え? そうなの?(ごめん、りんこさん)」
「そうですよ。仕事柄、毎日いろんな日本人女性を見ていたんだけど、ゲストハウスに来るたびに彼氏が違っていたり、なんかアメリカナイズされているというか、自分のイメージと違うなあという人も多かった。でも、りんこさんはそういうタイプじゃなかった」
「ちゃんと自分の国の雰囲気をまとっている人はいいよね。魅力的に見える。でもそれがあってもなくても、外国人女性ってインドで異常にモテてる気がするんだよね。それに対して男性はさっぱり......」
「確かにインド人男性と外国人女性のカップルってけっこう多いね。でも、逆はほとんどないよ。インド人女性と結婚した外国人男性で私が知っているのは、『インドで暮らす、働く、結婚する』(ダイヤモンド社)という本を書いている杉本昭男さんひとりだけ」
「ああ、杉本さんが結婚したときは、インドの全国的な新聞でも報じられたみたいだね。社会の仕組み的にも、インドの女性が外国人と結婚するというのはまだ難しいことなのかもしれない」
当然のように反対されるふたりの結婚
「でも、インド人男性が外国人と結婚することはたまにあってもさ、それはそれでかなり珍しいケースなわけじゃない?結婚するにあたって心配したことはなかったの?たとえばカルチャーショックみたいなものとか」
「それまでにもたくさんの日本人と付き合いがあったから、カルチャーショックはなかったよ。ただ、自分のまわりの人たちが自分のことをどう思うだろうかというのは心配したね」
「そうなんだ。なんで?」
「当時、日本人女性と結婚しようとするインド人男性なんて、だいたいお金目当てだったり、日本に行きたいだけだったり、相手をたぶらかそうとする輩ばかりだったから」
「確かに20年前のインドはそういう人たちがたくさんいたね(笑)」
「うん。だから私はそういう人と一緒に見られたくないと思ってたんだ。でも外国人の女性と一緒にいるだけで怪しまれるんだよね。実際、インドのほかの町にふたりで旅行に行ったとき、警察に踏み込まれたからね」
「大変だなあ。サッシーのご両親はどうだったの? 反対はしなかった?」
「父はもう亡くなっていたし、母とも当時いろいろあって絶縁状態だったんだ。でもそれは良くないと日本の友達に諭されたこともあって仲直りして、りんこさんとのことを打ち明けたんだよね。はじめは反対してたけど、すぐに私の気持ちをわかってくれたからよかったよ」
「逆にりんこさんのお母さんはどうだったの?」
「日本に会いに行ったんだけど、最初は私のことをただの友達だと思っていたみたいだね。それで後日、インドから国際電話かけて『りんこさんと結婚したいんです』と伝えたんだけど、やっぱり最初は反対で。でも、りんこさんのお姉さん夫妻が『サッシーなら大丈夫だよ』と説得してくれて受け入れてもらえたんだよ。うれしかったね」
インドと日本は違って当たり前。それでも幸せな結婚生活
「お互いの両親に認めてもらえて日本に来るわけだけど、こっちに来てみて大変なことってなかった?」
「いろいろあったよ。私は日本に来ると決めたときから、『日本とインドは考え方が違う。合わなくてもケンカはしない』と決めてたんだけど、我慢しすぎて、自分の感情にフタをしてしまったんだね。だから、ストレスで病気になったりもしてさ」
「そっかー。苦労したんだね」
「でも、りんこさんとお互いに支えあってきたからそれも乗り越えられた。だって、お店をはじめるときも日本語は話せるけど、読めないんだから。とくに契約書とか意味がぜんぜんわからない。りんこさんがいてくれて本当に助かったよ」
「りんこさんもサッシーとの生活や子育てを描いたマンガが売れたよね」
cぶんか社
「そうだね。この結婚は私にとっても、りんこさんにとってもよかったんだと思う。マンガを読んでうちの店に来てくれるお客さんもたくさんいるし、すごくありがたいね」
「二人のお子さんも立派に育ってるよね。子育てで大変なことはなかった?」
「一番心配していたのは、インド人とのハーフだということで学校でいじめられたりするんじゃないかということ。でも、これはほんとに大丈夫だった。まったくいじめもなく、のびのび育ってくれた。上の男の子は今、京都の方の大学に通ってる。下の女の子はもうすぐ高校卒業だよ」
「じゃあ最後に質問。結婚して日本に来てよかったと思う?」
「絶対よかったよ!自分の子どもたちもちゃんと育てたし、インドのお母さんや家族たちも支えることができたからね」
「すてきな話をたくさん聞かせてくれて、今日はありがとう」
まとめ
カースト制度やら星占いやら持参金やら、インドならではの結婚観や慣習に囚われているのだか、無視しているのだかわからない感じで結婚したふたり。25年にわたってお付き合いさせていただいていますが、ときにはケンカしたりしながらも、結局いつも楽しそうなんですよね。
夫婦円満(?)の秘訣は、お互いの文化の違いを尊重しながら生きていくってことなのではないかと思いました。ときどきは我慢もしながら......。
◎取材協力
・南インド料理 ケララバワン
住所:東京都練馬区豊玉北5-31-4 松村ビル1F
電話:03-3991-5218
http://www.keralabhavan.com
【著者紹介】
松岡宏大(まつおか・こうだい)
旅行ライター&カメラマンときどき編集者。
『地球の歩き方』(ダイヤモンド社)ではおもに辺境エリアを担当。近著に『持ち帰りたいインド』(誠文堂新光社)がある。
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