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Vol.11 二人の歴史を刻むもの #梨子(りこ)

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「すごいねぇ。天保時代から続く蔵で、昔ながらの製法を守って作られた醤油だなんて。歴史を感じるなぁ」

 恋人の聡一郎(そういちろう)と醤油蔵を見学した帰りの車中で、梨子は感動の残る声で言った。運転席でハンドルを握る聡一郎が相づちを打つ。

「そうだね」
「天保時代って何年前?」
「二百年近く前だよ。正確には一八三〇年から一八四四年。仁孝天皇の代の元号だ。江戸で大火や京都で地震があって、そういう災厄から免れるために元号が改められたんだ。天保と言えば歴史の教科書でも有名な――」

 大学で准教授として日本近世史を教えている聡一郎が、熱心に話し始めた。彼は語り出したら止まらないのだが、いつも梨子の知らない話を教えてくれるので、付き合って三年になる今でも、一緒にいてとても楽しい。
 興味津々に耳を傾けていた梨子は、聡一郎の話が一段落したところで口を開く。

「そんなに長い歴史のある醤油だなんて、味わうのが楽しみ。やっぱり醤油本来の味がわかるのは、冷や奴かなぁ?」
「職人さんはお浸しや刺身もお薦めしてたね」

 こだわって作られた醤油だし、どうせなら食材にもこだわりたい。
 梨子がそんなことを考えていたら、聡一郎がぼそりと言った。

「そういうのは一緒に食べた方がおいしいだろうね」
「それはそうよね。私の部屋で食べる?」
「というより、お互い仕事も落ち着いてきたし、そろそろ一緒に住もうか?」
「あー……」

 梨子はチラッと運転席を見た。彼は普段と変わらぬ落ち着いた表情で前を向いている。

(これってもしかしてプロポーズ? お互い三十歳過ぎてるし、同棲したら結婚も視野に入るはずだから、やっぱりそういうことよね……?)

 まぁ彼らしい言い方かな、と思いながら、梨子は「うん」と返事をした。


 その数日後、梨子は大学時代からの親友の一花(いちか)に、ランチに誘われた。
 待ち合わせ場所のカフェレストランに入って座って待っていたら、一花が店に入ってきた。一花は毛先をカールさせたヘアスタイルがよく似合っていて、相変わらず華がある。梨子とは外見も好みも正反対だが、気負わずに付き合えるのが居心地よくて、今でも年に数回会ってランチをしたり飲みに行ったりする仲だ。

「梨子、久しぶり~」

 一花は梨子を見つけて手を振り、梨子の前の席に座った。

「一花が結婚して以来だから、三ヵ月ぶりだね。元気だった?」
「仕事が今繁忙期なの。たまにはこうやって息抜きしないとね~。梨子は副業のネットショップが好調なんでしょ? 伝統織物の生地をアクセントに使ったハンドメイド小物だなんて、センスあるよね」

 おしゃれな一花に褒められて、梨子は照れながら「ありがとう」と答えた。
 それぞれランチメニューを注文して、運ばれてきた料理を食べる。デザートのケーキが運ばれてきたとき、一花が「おいしそう!」と両手を口元に当てた。その左手の薬指で何かがきらりと光る。見ると、彼女はマリッジリングとダイヤモンドのリングを重ねづけしていた。

「ね、エンゲージリングって普段からつけてるの?」

 梨子が訊くと、一花は残念そうな表情になる。

「ううん。私は接客業だから普段はつけてないよ。大好きなブランドのだから、本当は毎日つけたいんだけどねー」

 前に会ったとき、『知ってる人なら一目でわかる定番のデザインなんだよ』と一花が嬉しそうに話していたことを、梨子は思い出した。

「梨子は? 結婚の話とか出てないの?」

 一花に訊かれて、梨子は醤油蔵デートの帰りの出来事を思い出しながら答える。

「実は、そろそろ一緒に住もうかとは言われたの」

 梨子の言葉を聞いて、一花は一度瞬きをした。

「えっと……それだけ?」
「うん。彼の性格的に、ちゃんとしたプロポーズはなさそうだと思ってはいたんだけど」
「ふ~ん。いわゆる〝なんとなくプロポーズ〟ってものなのかなぁ。でも、エンゲージリングは欲しいよねぇ。恋人から夫婦になることを約束する証だもん」

 一花は左手を持ち上げ、目を細めて薬指の指輪を眺めた。
 大粒のダイヤモンドに存在感のあるデザインのエンゲージリングと、小さなダイヤモンドが埋め込まれたマリッジリングだ。
 華やかで一花によく似合っている。

(私ならどんなのが欲しいかなぁ……。華やかすぎるのは似合わないだろうし、長く使えて愛着が持てるものがいいなぁ。作り手の思いやこだわりが感じられるものだと一番いいよねぇ……)

 プロポーズのエピソードを振り返る一花の話を聞きながら、梨子はそんなことを思った。


 それから二週間ほど経った土曜日。梨子は聡一郎と一緒に、二人で住む部屋のための家具を見に行った。その帰り、彼に誘われてカジュアルフレンチのレストランに行った。
 おいしいコース料理に続いてデザートを食べ終えたとき、聡一郎が給仕係に合図をした。
 梨子は彼が会計のために店員を呼んだのだと思っていたが……近づいてきた給仕係は、トレイに小さな赤いバラの花束をのせている。

「えっ?」

 驚く梨子の前の席で、聡一郎は花束を受け取って、普段以上に真剣な表情で梨子に差し出した。

「梨子、これからもずっとそばにいてください」
「……は、い」

 梨子は驚きと喜びで言葉に詰まりながら花束を受け取った。六本の赤い薔薇の花束から、ほんのりと優しく甘い香りがする。

「……こんなふうにしてくれるなんて思わなかった。ありがとう」

 梨子が顔を上げて聡一郎を見ると、彼は黒い小箱を取り出した。蓋を開けて梨子の方に向けられた小箱の中では、十輪の小さな赤いバラの花に囲まれてダイヤモンドのリングが艶やかに美しく輝いている。

「わぁ……すごくきれい」

 梨子は感嘆の声を出し、両手を伸ばして小箱を受け取った。

 聡一郎はテーブルにごつごつした八面体のようなものを置いた。それは白っぽい半透明の石のように見える。

「これはそのダイヤモンドの原石の3D模型だよ」
「えっ、そうなの!? すごい」
「それに、俺たちのところに来るまでにダイヤモンドがどんな旅路を辿ってきたのか、その歴史がわかるんだ」

 聡一郎はスマホを操作して梨子に画面を向けた。そこには、カラットやカットなど輝きの四項目の測定結果や原石の3D画像、最終的に仕上げられたダイヤモンドの画像などが表示されている。

「わぁ……」

 地球の奥深くで何億年、何十億年もかけてゆっくりと育まれたダイヤモンドの原石。それが熟練の職人の手で大切に磨かれカットされて、たった一つのこだわりの輝きになったのだ。
 二人の関係も同じようにゆっくりと大切に育んできた。彼が贈ってくれたのは、誰にも負けないその絆を象徴するような輝きだ。

(この人は本当に私のことをよくわかってくれている)

「ずっとずっと大切にするね」

梨子は温かな気持ちで微笑んだ。

(文/ひらび久美)
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