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Vol.9 夫婦の絆をもう一つ #菜摘(なつみ)

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『せっかくの休みだし、水族館にでも行こうか』

 そう夫の弘貴(ひろたか)に誘われて、池袋にある水族館にやって来た。大学生のときに友達と来て以来だから、十年ぶりくらいだ。

(ペンギン……かわいかったな)

 水族館のあるビルを出て弘貴と並んで歩きながら、菜摘は一人でほっこりとした。普段から無口な弘貴は今も生真面目な表情で、水族館デートも楽しんだのかどうか、よくわからない。

(弘貴さんの方から誘ってきたんだから、来たかったはずだよね……?)

 彼の方をチラリと見ながら、心の中で答えの出ない問いをする。
 二歳年上の弘貴とは婚活アプリで知り合い、付き合い始めて半年で入籍、結婚した。
 二十代の終わりが近づいてきた頃、母にうるさく心配され、結婚を急かされて、思い切って婚活アプリを使ってみたのだ。でも、正直、こんなふうに結婚につながるとは思っていなかった。
 菜摘と弘貴は二人ともフルタイムで働いている。帰宅が早い菜摘が主に食事を作るが、後片づけや掃除などは弘貴が率先してやってくれる。
 菜摘の父はいわゆる亭主関白で、母がどれほど忙しくしていても、家事を手伝うことはなかった。それを思えば、弘貴との毎日は過ごしやすく安定している。彼との生活に特に不満はないけれど……彼が菜摘との生活をどう感じているのかわからなくて、ときどき不安になる。
 安定しているといえば聞こえはいいけれど、言い方を変えれば毎日が淡々と過ぎていくということだ。

(弘貴さん、今日が結婚一周年だってことも……覚えてなさそう)

 少しモヤモヤしながら歩いているうちに、JR池袋駅に到着した。埼玉県にある自宅に帰るには埼京線に乗らなければいけないのに、弘貴は山手線のホームに向かうエスカレーターへと進んでいく。

(間違えてるのに気づいてないのかな)

 ヤキモキしつつ声をかけようとしたら、彼が振り返って菜摘を見た。

「晩ご飯、食べて帰ろう」
「あ、うん」

 どこへ行くのかと思いながら、彼と一緒に電車に乗った。つり革を握って立っている弘貴は、表情がどこか硬い。

(どこか行きたいお店があるのかな)

 私はなんでもいいけど、と思って黙っていたら、彼は一駅隣の大塚駅で降りた。弘貴に連れられるまま歩いていくと、一年前に結婚式を挙げたウエディング専門ホテルに入り、中にあるイタリアンレストランに着いた。

「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれた店員に弘貴が名乗る。

「予約していた佐藤です」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 受付係は落ち着いた物腰で二人を先導する。菜摘は少しドキドキしながら、案内係と弘貴に続いた。通されたのは明るくておしゃれな雰囲気の個室だ。
 菜摘と弘貴が席に着いてほどなく、給仕係が現れた。

「ご結婚一周年おめでとうございます」

 目の前にシャンパングラスが置かれて、菜摘は目を丸くする。

(えっ)

 驚いて弘貴に顔を向けたら、彼は少し緊張した面持ちで菜摘を見た。

「結婚一周年ありがとう」

 きっと忘れているだろうと思っていた結婚記念日を覚えてくれていただけでなく、わざわざディナーを予約してくれていた。
 そのことが嬉しくて、菜摘は表情を明るくしながら弘貴に言う。

「こちらこそありがとう」

 やがて料理が運ばれてきた。最初は旬の食材を使ったオードブルだ。盛りつけもおしゃれで、続いて給仕されたパスタもメインも、自分では作れないような味付けだった。
 弘貴と一緒に食事を堪能してレストランを出たときには、菜摘はすっかり満足していた。

(ふぅ、おいしかった)

 こんなふうに一周年を迎えられたことを嬉しく思いながら、館内を見回す。
 少し先にホテルのフロントがあり、季節の装飾が施されているのも去年と一緒だ。

(一年前を思い出すなぁ……。少し見て回りたいけど……弘貴さんはもう帰りたいかな……?)

 館内を見たいと言い出せずにいたら、弘貴が歩き出した。シャンデリアの下を通り、開放的な吹き抜けの下を抜け……出入り口の方ではなく、階段の方へ。
 そのらせん状の階段は、前撮りをしてもらった思い出の場所だ。
 当日、ウエディングドレスに着替えてメイクをしてもらったあと、係の人に案内されてここに来た。弘貴は先に来ていて、階段の途中で待っていた。

(懐かしい……)

 そう思っていたら、弘貴が階段を上り始めた。三段ほど上って、菜摘がまだ一階にいるのに気づき、振り返って左手を差し出す。

「えっと……」

 菜摘は差し出された手から弘貴の顔へと視線を動かした。弘貴は菜摘に向き直り、ぼそぼそと小声で言う。

「その……今日は……」

 弘貴がなにを言おうとしているのかわからず、菜摘は彼を見上げたまま小首を傾げた。
 弘貴は小さく咳払いをして、言葉を続ける。

「……きれいだね。一年前、ここで菜摘さんを見たときも、そう思ったんだけど」

 弘貴はひどく照れた表情で、けれど視線を逸らすことなく菜摘を見つめている。
 優しく細められた目を見た瞬間、菜摘の胸がトクンと音を立てた。
 今日は久しぶりのデートだったから、嬉しくてがんばっておしゃれをしてみた。
 それが伝わっていたのだと思うと、心がどうしようもなく温かくなって、自然と頬が緩む。
 菜摘はそろそろと手を伸ばして、弘貴の手に自分の手を重ねた。
 大きくて温かな手が、菜摘の手を包み込む。

(一周年、ありがとう。これからもよろしくね)

 その思いを込めて、菜摘は彼の手をギュッと握り返した。

(文/ひらび久美)
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