結婚式場探しならマイナビウエディング > 結婚式準備最強ノウハウ > マイナビウエディングPRESS > 小説 記事一覧 > Vol.7 家族が生まれる日 #彩(あや)
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表参道駅に近く、ヨーロッパの大聖堂を思わせるチャペルが美しい結婚式場。そこで今日、彩は高校生のときから付き合っている翔太と結婚式を挙げる。腰の後ろのリボンがかわいいAラインのウエディングドレスを着て、大好きな人と夫婦になるのだ。
そのときを待ちわびながらも、挙式の前、明るい個室で椅子に座ると、とたんに気持ちが沈んだ。向かい合う椅子に、黒留め袖姿の母とモーニングを着た父が腰を下ろしたからだ。普段と変わらずむっつりとした表情の父と、気遣わしげに夫と娘を交互に見る母。
この結婚式場では、ひっくり返された砂時計の砂が落ちきるまでの五分間、ここで〝家族の時間〟を過ごすことになっている。結婚する子どもに両親が思いを伝える時間だという。
今まで一緒に暮らしていたが、普段、両親とはほとんど口を利かないのだ。こんな改まった席は居心地の悪さしか感じない。
(形だけやればいいよね。どうせ、厄介な娘が出て行ってくれてせいせいする、とでも思ってるんだろうし)
彩は前に座る両親に冷めた目を向けた。
部屋に漂うよそよそしい空気をどうにかしなければと思ったのか、母がぎこちなく笑みを浮かべて口火を切る。
「あ、じゃ、じゃあ、娘への手紙はお母さんから読むわね」
母は手に持っていた手紙を広げて、ゆっくりと読み上げる。
「彩へ。結婚おめでとう――」
ずっと望んでいたのになかなか子どもを授からず、彩が生まれてきてくれてとても嬉しかったこと。子どもの頃、彩は体が弱くて病気がちだったから、病院通いが絶えず、心配ばかりしていたこと……。
そんな話をした後、母は顔を上げて彩を見る。
「成人式をお祝いして三年。もう結婚してしまうのだと思うと寂しい気がするけれど、翔太くんと力を合わせて幸せな家庭を築いてくださいね」
母はそう締めくくって手紙を畳んだ。
「ありがとう」
彩は抑揚のない声で淡々と答えた。
次は父の番だが、きっと大した内容もなくあっさりと終わるだろう。
そう思いながら父を見た。父は母に促される前に手紙を開き、低い声で読み始める。
「彩へ。彩が生まれた日のことは、今でもよく覚えている。初めて抱っこしたとき、あまりに小さくて軽いから、本当に大きくなるのかと心配になった。泣くと頬が真っ赤になって、産院の窓から見えた公園の紅葉のようだった。鮮やかな紅葉のごとく彩り豊かな人生になるよう願って、〝彩〟と名づけた」
声がかすれて、父は小さく咳払いをして続ける。
「なかなか子宝に恵まれなかった私たちのところに、ようやく生まれてきてくれた彩。遅くに生まれた子だから、父さんが早くに死んで苦労するかもしれない。そう思ってしっかり自立した大人になるよう育てようとしたが……厳しくしすぎたことを今になって少し後悔している。おまえが『体調が悪い』と嘘をついて高校を早退し、夜遅くまで遊んで帰ってきたあの日。おまえに手を上げたことを、すまなく思っている」
それは、服装や門限についてうるさく言われ、むしゃくしゃして学校をサボり、友達と夜中まで遊び歩いた日のことだ。雨が降ってきたので彼氏の部屋で雨宿りをしてから帰ったら、父に頬をぶたれた。その出来事で父との間に決定的な軋轢ができてしまったが……そもそも自分が悪かったのだ。
彩は唇を引き結んだ。母は懐かしそうな口調になる。
「あの日、学校から早退したって連絡があったのに、彩はいつまで経っても帰ってこないし、何度スマホに電話をかけても出なかったでしょう? お父さんったらものすごく心配して、雨の中あちこち探し回ってねぇ。おかげで次の日、高熱を出して寝込んでしまって……」
「えっ、ほんとに?」
彩は驚いて父を見た。目が合って、父は顔をしかめる。
(そんなことがあったなんて……)
あの日以降、それまでにも増して父を避けるようになったので、父が探し回ってくれたことも寝込んだことも、まったく知らなかった。
愕然とする彩に母が言う。
「いろいろ厳しくしすぎてしまったわね。でも、決して彩が憎かったからじゃないの。それだけはわかってね」
母の声は震えていて、目には涙が浮かんでいた。
成人して働くようになってから、過去の自分はあまり〝良い子〟ではなかったと思うようになった。そんな自分だったからこそ、厳しい父と父に従順な母に愛されていないのだと思っていたのに……。
そのときを待ちわびながらも、挙式の前、明るい個室で椅子に座ると、とたんに気持ちが沈んだ。向かい合う椅子に、黒留め袖姿の母とモーニングを着た父が腰を下ろしたからだ。普段と変わらずむっつりとした表情の父と、気遣わしげに夫と娘を交互に見る母。
この結婚式場では、ひっくり返された砂時計の砂が落ちきるまでの五分間、ここで〝家族の時間〟を過ごすことになっている。結婚する子どもに両親が思いを伝える時間だという。
今まで一緒に暮らしていたが、普段、両親とはほとんど口を利かないのだ。こんな改まった席は居心地の悪さしか感じない。
(形だけやればいいよね。どうせ、厄介な娘が出て行ってくれてせいせいする、とでも思ってるんだろうし)
彩は前に座る両親に冷めた目を向けた。
部屋に漂うよそよそしい空気をどうにかしなければと思ったのか、母がぎこちなく笑みを浮かべて口火を切る。
「あ、じゃ、じゃあ、娘への手紙はお母さんから読むわね」
母は手に持っていた手紙を広げて、ゆっくりと読み上げる。
「彩へ。結婚おめでとう――」
ずっと望んでいたのになかなか子どもを授からず、彩が生まれてきてくれてとても嬉しかったこと。子どもの頃、彩は体が弱くて病気がちだったから、病院通いが絶えず、心配ばかりしていたこと……。
そんな話をした後、母は顔を上げて彩を見る。
「成人式をお祝いして三年。もう結婚してしまうのだと思うと寂しい気がするけれど、翔太くんと力を合わせて幸せな家庭を築いてくださいね」
母はそう締めくくって手紙を畳んだ。
「ありがとう」
彩は抑揚のない声で淡々と答えた。
次は父の番だが、きっと大した内容もなくあっさりと終わるだろう。
そう思いながら父を見た。父は母に促される前に手紙を開き、低い声で読み始める。
「彩へ。彩が生まれた日のことは、今でもよく覚えている。初めて抱っこしたとき、あまりに小さくて軽いから、本当に大きくなるのかと心配になった。泣くと頬が真っ赤になって、産院の窓から見えた公園の紅葉のようだった。鮮やかな紅葉のごとく彩り豊かな人生になるよう願って、〝彩〟と名づけた」
声がかすれて、父は小さく咳払いをして続ける。
「なかなか子宝に恵まれなかった私たちのところに、ようやく生まれてきてくれた彩。遅くに生まれた子だから、父さんが早くに死んで苦労するかもしれない。そう思ってしっかり自立した大人になるよう育てようとしたが……厳しくしすぎたことを今になって少し後悔している。おまえが『体調が悪い』と嘘をついて高校を早退し、夜遅くまで遊んで帰ってきたあの日。おまえに手を上げたことを、すまなく思っている」
それは、服装や門限についてうるさく言われ、むしゃくしゃして学校をサボり、友達と夜中まで遊び歩いた日のことだ。雨が降ってきたので彼氏の部屋で雨宿りをしてから帰ったら、父に頬をぶたれた。その出来事で父との間に決定的な軋轢ができてしまったが……そもそも自分が悪かったのだ。
彩は唇を引き結んだ。母は懐かしそうな口調になる。
「あの日、学校から早退したって連絡があったのに、彩はいつまで経っても帰ってこないし、何度スマホに電話をかけても出なかったでしょう? お父さんったらものすごく心配して、雨の中あちこち探し回ってねぇ。おかげで次の日、高熱を出して寝込んでしまって……」
「えっ、ほんとに?」
彩は驚いて父を見た。目が合って、父は顔をしかめる。
(そんなことがあったなんて……)
あの日以降、それまでにも増して父を避けるようになったので、父が探し回ってくれたことも寝込んだことも、まったく知らなかった。
愕然とする彩に母が言う。
「いろいろ厳しくしすぎてしまったわね。でも、決して彩が憎かったからじゃないの。それだけはわかってね」
母の声は震えていて、目には涙が浮かんでいた。
成人して働くようになってから、過去の自分はあまり〝良い子〟ではなかったと思うようになった。そんな自分だったからこそ、厳しい父と父に従順な母に愛されていないのだと思っていたのに……。

「彩」
父に静かな声で名前を呼ばれて、彩はゆっくりと顔を向けた。
「幸せになりなさい。そして、翔太くんを幸せにしてあげなさい。二人で一緒に笑えるようにな」
そう言った父はいつも通り厳しい表情なのに、その目は少し潤んでいた。
(お父さんとお母さんの気持ち……私、ぜんぜん知らなかった)
いや、知ろうとしなかったのだ。そして、自分の気持ちを伝えることもしなかった。
そのことに今になってようやく気づき、彩は胸が痛くなる。
「今まで……たくさん迷惑かけて、心配させてごめんなさい」
「いいんだ。心配するのは親の特権だから」
父の口調がいつになく柔らかいことに気づいたとたん、彩の目に涙が盛り上がった。
「お父さん、お母さん」
そう呼ぶのはいったいいつ以来だろう。
「私、ちゃんと翔太と幸せになるね」
彩の目から涙が零れ、母がハンカチを差し出した。砂時計の砂が最後の一筋、すぅっと落ちて、父が静かに彩を促す。
「さあ、涙を拭きなさい。今日の主役は彩なんだから」
「……うん」
彩は母のハンカチを目元に押し当てた。涙を落ち着かせようと深呼吸して顔を上げたら、父が目を細めて彩を見ていた。
父の目尻には優しくしわが寄っている。
彩の胸に温かな気持ちが湧き上がってきた。それに押されるまま父に笑みを向け、心を込めて言う。
「お父さん。翔太のところまで、エスコートをお願いね」
(文/ひらび久美)
父に静かな声で名前を呼ばれて、彩はゆっくりと顔を向けた。
「幸せになりなさい。そして、翔太くんを幸せにしてあげなさい。二人で一緒に笑えるようにな」
そう言った父はいつも通り厳しい表情なのに、その目は少し潤んでいた。
(お父さんとお母さんの気持ち……私、ぜんぜん知らなかった)
いや、知ろうとしなかったのだ。そして、自分の気持ちを伝えることもしなかった。
そのことに今になってようやく気づき、彩は胸が痛くなる。
「今まで……たくさん迷惑かけて、心配させてごめんなさい」
「いいんだ。心配するのは親の特権だから」
父の口調がいつになく柔らかいことに気づいたとたん、彩の目に涙が盛り上がった。
「お父さん、お母さん」
そう呼ぶのはいったいいつ以来だろう。
「私、ちゃんと翔太と幸せになるね」
彩の目から涙が零れ、母がハンカチを差し出した。砂時計の砂が最後の一筋、すぅっと落ちて、父が静かに彩を促す。
「さあ、涙を拭きなさい。今日の主役は彩なんだから」
「……うん」
彩は母のハンカチを目元に押し当てた。涙を落ち着かせようと深呼吸して顔を上げたら、父が目を細めて彩を見ていた。
父の目尻には優しくしわが寄っている。
彩の胸に温かな気持ちが湧き上がってきた。それに押されるまま父に笑みを向け、心を込めて言う。
「お父さん。翔太のところまで、エスコートをお願いね」
(文/ひらび久美)
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