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Vol.2 伝えたい時が伝える時 #純弥(じゅんや)

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 ブライダルジュエリー専門店の椅子で、純弥は深呼吸をした。やはり緊張するのは、一大決心をして来たからだろう。
 付き合ってもうすぐ三年になる茉莉花(まりか)は、会社の二年後輩だ。隣県に住む彼女と会うのは月に一、二回。もっと一緒にいられたら……。その想いを形にして伝えたくて、ジュエリーショップに予約をしたのは先月のこと。

「石上(いしがみ)様、お待たせいたしました」

 コンシェルジュの女性が、ジュエリートレイにエンゲージリングのサンプルを並べた。先ほど贈りたい相手のイメージを訊かれ、「かわいいものが好きなふんわりした雰囲気の女性」と答えたところ、いくつかデザインを選んでくれたのだ。
 たくさんのメレダイヤが華やかなリング、緩やかなカーブが優美なリング。どれもきれいだが、茉莉花のイメージにぴったりなのは……。

(茉莉花が笑うと、パッと花が咲いたみたいで、かわいいんだよな)

 直接伝えたことはないが、いつも思っていること。それを考えた瞬間、一つの指輪が目に留まった。キラキラ輝く中央のダイヤモンドの両側に、小さなダイヤモンドが寄り添っている。その優しい華やかさに、茉莉花の笑顔が重なった。

「こちらは“スマイリングジャスミン”というシリーズです。女性の笑顔とお花を重ね合わせてデザインされているんですよ」

 コンシェルジュの説明を聞いて、純弥は心を決めた。茉莉花の名前の由来はジャスミンの花を表す〝茉莉花(まつりか)〟なのだと、彼女から聞いたことがあったのだ。

 そうして心を込めて選んだエンゲージリングを受け取ったのは一昨日のこと。これをいつどうやって茉莉花に渡そうか……。ここ数日の悩みに思いを巡らせていたら、スマホから聞こえていた茉莉花の嬉しそう声が、ピタリとやんだ。

「ねえ、疲れてるの?」

 純弥は慌ててビデオ通話に意識を戻した。画面に映る茉莉花は眉を寄せている。

「そんなことないよ」
「でも、私と話してても楽しくなさそう」
「そんなことないって」

 けれど、上の空だったことは茉莉花に気づかれていた。

「疲れてて話したくないんなら、そう言ってくれたらいいのに」
「だから、そんなことないってば」
「さっきからそればっかり。言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」

 彼女の表情が不満そうに曇る。言いたい言葉はちゃんとあるのだ。でも、こんな状況で伝えたいわけじゃない。純弥がうまく説明できないでいるうちに、茉莉花の声に苛立ちがにじむ。

「もういいっ。いつも私の話ばかり聞かせて悪かったねっ」

 茉莉花に電話を切られてしまい、純弥は右手で前髪をくしゃくしゃと乱した。

「なんでこんなことに……」

 本当に言いたかったこと。それは……。
 仕事で疲れていても、落ち込んでいても、君の声を聞いて笑顔を見たら、すべて吹き飛ぶんだ。心が軽くなって前向きになれる。君もそう思ってくれていたら嬉しい。もっとずっとそばにいたい。二人で一緒に幸せな日々を積み重ねていきたい。
 純弥は唇を引き結び、顔を上げた。

(今伝えなくて、どうするんだ)

 濃紺の小箱を掴んで部屋を飛び出した。駅まで走って電車に乗り、彼女のマンションの最寄り駅で降りる。早く会いたくて歩道を必死で駆けているうちに、ポツポツと雨が降ってきた。

「こんなときに……っ」

 手をかざしたとき、少し先に花屋があるのに気づいた。かわいいものが大好きな茉莉花を、もっと喜ばせたい。

「あの、プロポーズをしたいので、花束をください」

 純弥は店に飛び込んで女性店員に声をかけた。店員は純弥の勢いに少し驚きつつも、すぐに微笑んで答える。

「でしたら、赤いバラはいかがでしょう? バラは本数によって花言葉が変わるんですよ」

 そう言って店員は、一本だと“あなたしかいない”とか、九本だと〝いつもあなたを想っています〟とか、本数ごとの意味を教えてくれた。

「十二本のバラはダーズンローズといって、〝感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠〟という結婚生活で大切な十二の言葉を意味するんです」

 人生をずっと共に過ごせば、きっと楽しいときばかりではないだろう。ケンカをすることだってあるかもしれない。それでも彼女と一緒に生きていきたい。その想いには十二本のバラがぴったりに思えた。
 純弥は真っ赤なバラで花束を作ってもらうと、大事に抱えながら、雨の中を再び走った。彼女の住む部屋に到着し、肩で息をしながらインターホンを鳴らす。室内を駆けてくる軽い足音が聞こえ、純弥は花束を背中に隠した。
 ドアを開けた茉莉花が驚いた声を出す。

「どうしたの!?」

 純弥は大きく息を吸い込み、花束を差し出した。

「……十二本のバラは感謝とか愛情とか永遠とか……十二の言葉を表すんだって」

 茉莉花は驚いた表情のまま答える。

「え?……ああ、たしかダーズンローズって、言うんだよね。」

 やっぱり知っていたか、と思いながら、純弥は言葉を続ける。

「さっきはごめん。実はどうやって気持ちを伝えようか悩んでて、上の空だった」

 茉莉花は花束を受け取って、嬉しそうに頬を緩めた。純弥はジャケットのポケットから紺色の小箱を取り出した。彼女に向けて蓋を開け、形になった想いを伝える。

「この指輪を見た瞬間、茉莉花の笑顔が思い浮かんだんだ」

 茉莉花の瞳が潤み、純弥は小さく咳払いをして背筋を伸ばす。

「白川(しらかわ)茉莉花さん、君がいつも笑顔でいられるように、十二の言葉を誓います。これからもずっとそばにいてください」

 気持ちを込めて紡いだ言葉に、茉莉花は目に涙を浮かべて頷いた。

「はい。私もずっとあなたと一緒にいたいです」

 彼女も同じ想いでいてくれた。それが嬉しくて自然と笑みが込み上げてくる。
 茉莉花の左手を取って薬指にそっと指輪をはめると、彼女の顔に愛らしい笑みが咲いた。
 彼女が幸せなら俺も幸せだ。この笑顔を一生守っていこう。そう固く誓った。

(文/ひらび久美)
※ダーズンローズは、登録商標です
ふたりSTORY応援プロジェクト

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女の子のキラキラとした笑顔を、愛らしさでみんなを幸せな気持ちにする花々に重ねたエンゲージリングシリーズ。一つ一つのリングには愛らしい存在でみんなを幸せな気持ちにしてくれる身近な花々の名前とイメージが込められています。

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