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Vol.3 共に歩み出すための場所 #優美(ゆうみ)

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 表参道のおしゃれなカフェのテラス席で、優美は左手を木漏れ日にかざした。薬指では、秋の穏やかな日差しを受けて、ダイヤモンドのエンゲージリングがキラキラと輝いている。先週、彼氏の陸(りく)が『結婚してください』という言葉と一緒に贈ってくれたものだ。
 優美はエンゲージリングから目の前の席に視線を移した。そこでは、製薬会社で働く彼氏の陸が、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる。三歳年上で落ち着いた雰囲気の彼とは、二年前、友人の紹介で知り合った。

(エンゲージリングをもらったから、もう彼氏じゃなくて婚約者、フィアンセよね)

 優美は幸せな気分で頬を緩めた。

「それで、結婚式はどうしようか?」

 スマホを手に取り、結婚式情報サイトを開いた。プロポーズされてから幾度となく見たサイトだけれど、具体的な式場やプランは何度目にしてもワクワクする。

「気候がいい春に式を挙げたいかなぁ。花に囲まれたガーデンウエディング、貸切邸宅ウエディング……いろいろあるけど、やっぱりチャペルウエディングがいいな。長いトレーンのドレスにして、階段にトレーンを流して写真を撮りたい! 式場は、交通の便を考えたら、友達や会社の人が来やすい都内がいいよね。懐かしい友達に会えるのがほんとに楽しみ! そうだ、ウェルカムボードを手作りするのもいいな。うわー、考えることややることがいっぱいで大変そう。しっかり準備をしなくちゃね」

 大変そう、と言いながらも、考え出すとやりたいことや叶えたいことがあれこれ浮かんで、楽しくなってきた。けれど、向かい側の席の陸は、優美とは対照的に淡々とした表情で言う。

「そんなに大変そうなのに、わざわざ結婚式をする必要なんてあるのかな?」
「え?」

 優美の顔から笑みが消えた。陸はカップをソーサーに置いて続ける。

「それに、俺、注目されるのは苦手だし」
「でも、私、子どもの頃からずっと、綺麗なドレスを着て、ステンドグラスが素敵なチャペルで結婚式を挙げるのが夢だったの。みんなに祝福されながら夫婦になりたい」

 優美の言葉を聞いても、陸の表情は変わらない。

「婚姻届を出せば、夫婦になるじゃないか」
「法律上はそうだけど、でも、それだけなんて味気なさすぎるよ。そんなの嫌」

 優美は一生懸命に陸を見つめた。すでに結婚した友達は、おしゃれなレストランやライトアップされた夜のチャペルで式を挙げて、みんな夢を叶えている。私だって叶えたい。
 そう思ったが、陸にふっと視線を逸らされてしまった。

(陸……)

 普段は温厚な彼の頑なな態度に、優美はそれ以上なにを言えばいいのかわからなくなった。そうして黙ったままカフェラテを飲み終え、一緒にカフェを出た。いつもなら自然に手をつなげるのに、今は気まずくて彼の手を握れない。

「これからどうする? もう帰る?」

 陸に低い声で問われ、優美はまだ帰りたくなくて懸命に話題を捻り出した。

「あ、えっと、そうだ! 新しくできたアパレルショップを見に行ってもいい? うちのブランドのライバル店になりそうなの」
「わかった」

 陸が頷いた。優美は歩きながら、重い空気をどうにかしようと、勤務先のアパレル会社で話題になったショップのことをあれこれ話す。やがて角を曲がって歩くうちに、大きな白亜の建物が見えてきた。装飾を施された鉄の門に囲まれた、壮麗な大聖堂だ。見上げるように高い尖塔が秋の澄んだ青空に映えていて、まるで別世界に迷い込んだかのようだ。

「わあ、素敵!」

 優美は思わず声を上げて正面の門に駆け寄った。すると、大聖堂へと続く大階段に、たくさんの人の姿が見える。

「結婚式かな?」
「そうみたいだね」

 陸がゆっくりと優美に近づき、隣に並んだ。
 スーツの男性やパーディドレスの女性は結婚式に招待されたゲストで、大階段の一番上にいる留袖の女性とモーニングの男性は、新郎新婦の両親だろう。みんな手にたくさんの花弁を持っている。
 次の瞬間、大聖堂の扉が開いた。わぁっと歓声が上がり、新郎新婦が姿を現す。新婦はボリュームたっぷりのチュールが美しい純白のAラインのウエディングドレスを、新郎はグレーのタキシードを着ている。

「おめでとう!」
「お幸せに!」

 ゲストたちから温かな祝福の言葉がかけられ、二人の頭上に赤やピンク、白の花弁が降り注ぐ。

「いいなぁ……」

 優美は羨ましく思いながら、うっとりと息を吐いた。大聖堂の大階段でのフラワーシャワーなんて、夢のようだ。
 新郎新婦がゆっくりと階段を下り、二人の表情がはっきりと見えてきた。新婦だけでなく、新郎も心から笑っている。ゲストに言葉をかけながらときどき見つめ合う二人は、本当に幸せそうだ。見ているこちらまで胸が温かくなる。
 そう思った瞬間、優美はハッとした。

(私の希望だけを押し通して……陸はあんなふうに笑ってくれるかな)

 子どもの頃からの夢を叶えたい。憧れを実現したい。でも、なによりも叶えたいのは、陸と一緒に幸せになること。あんなふうに陸と一緒に笑顔になれなければ意味がない。結婚式は共に生きていくことを誓う日なのだから。
 チラリと横を見ると、陸は大階段の一番上にいる新郎新婦の両親を見ていた。なにか考え込んでいるような表情をしている。
 彼はこれからもずっと一緒に歩いて行きたい大切な人。だからこそ、ちゃんと思いを伝えて、彼の話を聞いて、二人が納得できる形を探そう。
 優美はそう心に決めた。

(文/ひらび久美)
ふたりSTORY応援プロジェクト

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表参道駅から3分、喧噪から離れた通りに凛と建つ大聖堂。本物のアンティークステンドグラスの前で誓う大聖堂挙式と、4つの貸切邸宅でかなうプライベートなパーティが魅力です。こだわりの美食と質の高いサービスは、おもてなし重視派のカップルにも人気。

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