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Vol.4 共に歩み出すための場所 #陸(りく)

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秋の澄んだ青空の下、壮麗な大聖堂の大階段を、新郎新婦がゆっくりと下りてくる。

「おめでとう!」
「お幸せに!」

 祝福の言葉と共に、赤やピンク、白の花弁が降り注ぐ。二人の晴れやかで幸せそうな笑顔に、通りすがっただけの陸の心が温かくなった。隣にいる恋人の優美(ゆうみ)など、うっとりした表情で新郎新婦を見つめている。
 視線を上げたら、大階段の上に留袖の女性とモーニングの男性が二組いた。新郎新婦の両親だろう。陸から見て右側の男性、つまり新婦の父は厳格そうな顔をくしゃっと歪めて涙をこらえ、母は安心した表情で微笑んでいる。新郎の父は誇らしげな顔で新郎新婦を見守り、母はハンカチで目元を押さえていた。泣いているのだ。けれど、その眼差しは温かく、嬉しそうだ。
 そのとき、陸はふと自分の母の姿を思い出した。一度だけ、母が泣いているのを見たことがある。けれど、あの女性のように嬉しいからではなく、心配と不安と苦悩から涙を流していた。

 二歳の頃、陸は後天性の疾患を発症し、何度も入院や検査を繰り返しながら、長い間、服薬治療を続けた。検査が嫌で泣いたときも、薬が効かなくてしんどかったときも、いつも母が励ましてくれた。本当につらかったが、母の温かな笑顔のおかげで耐えられた。けれど、入院中のある夜、陸が寝ていると思ったのか、母は陸の手を握りながら、「丈夫に産んであげられなくてごめんね」と静かに涙を流したのだ。母のせいなんかじゃなかったのに。

(母さんにも父さんにも、本当に心配と苦労をかけたな……)

 自分のような病気の人を助けたい。その思いから製薬会社に研究員として就職した。仕事に明け暮れていた二年前、友人の紹介で三歳年下の優美と出会った。アパレル企業で広報の仕事をする優美は、社交的で明るく、友達も多い。そんな彼女とこれからもずっと一緒にいたいと思って、先週プロポーズをしたのだ。
 優美と一緒に新たな家庭を築こうとする今、これまで育て、支えてくれた両親に感謝の気持ちを伝えたい。自分は大丈夫なのだ、愛する人と出会って幸せになるのだと、安心してもらいたい。
 そんな思いが湧き上がってきて、隣にいる優美を見た。驚いたことに、彼女は陸を見ていた。視線が合って少し目を見開き、小声で言う。

「えっと、じゃあ、そろそろ行こっか」

 優美が歩き出し、陸は彼女に並んだ。優美は名残惜しそうに振り返って大聖堂を見る。けれど、なにも言わないのは、陸がさっきカフェで、『わざわざ結婚式をする必要なんてあるのかな』と言ったからだろう。
 そのせいで、今、二人の間には気まずい空気が流れている。確かにあのときは、『注目されるのは苦手だ』と言った。けれど、結婚式の意味をもう一度考えたい。そして、自分の思いを素直な言葉で伝えたい――。

 翌週の土曜日、陸は優美をディナーに誘った。竹芝のラグジュアリーホテルの六階にあるレストランは、壁全体が大きな窓になっていて、ライトアップされたレインボーブリッジやお台場の煌びやかな夜景が一望できる。

「わあ、すごく綺麗」

 席に案内されて、ようやく優美が笑顔になった。先週、偶然見かけた大聖堂での結婚式に目を輝かせていた優美だが、今日はずっとなにか思い悩んでいるような表情だったのだ。先週の陸の言葉が、まだ引っかかっているのだろう。
 やがて料理が運ばれてきて、レストラン自慢のフレンチをグラスワインと一緒に楽しむ。少しして、優美が食べる手を止め、陸に目を向けた。

「雰囲気もよくて、料理もおいしくて、とても素敵なレストランね」
「ああ」

 優美は一度視線を落としてから、まっすぐに陸を見た。

「あのね、私の正直な気持ちを話してもいい?」
「もちろん」
「……私は結婚式をしたいと思ってるの。結婚式はこれから一緒に生きていくことを誓うけじめの日だと思うから。でも、私だけがやりたいって思っててもダメなんだなって気づいたの。だから、みんなに喜んでもらえて、なにより陸が納得してくれるような形を一緒に考えたい」

 陸はワイングラスをテーブルに置いて口を開く。

「俺もあれから考えた。俺、子どもの頃は病気のせいで、父さんと母さんを心配させたし、すごく苦労をかけた。だから、今までの感謝を伝えて、俺たちのこれからに安心してもらうための区切りとして、結婚式ができたらなって思ってる」
「えっ、じゃあ、結婚式をしてもいいの?」

 優美は目を見開いて言った。

「してもいいというより、今は俺もしたいと思ってる」

 陸は小さく微笑んだ。優美は目を伏せて考えるようにしながら言う。

「確かに、今の私たちがあるのは、これまで親や友達や会社の人……たくさんの人が支えてくれたからよね。感謝の言葉って、普段は照れくさくてなかなか言いにくいけど、だからこそお世話になった人たちに感謝の気持ちが伝わるような結婚式にできたら、素敵だと思う」
「俺たちらしくて、親にも友達にも、招待した人みんなに喜んでもらえるような式にしよう。もちろん、優美が心から笑顔になれることも大事だよ」

 陸の言葉を聞いて、優美の表情がパアッと明るくなった。

「ありがとう!」

 そんな彼女の嬉しそうな顔を見て、陸は自分の頬が大きく緩むのを感じた。照れを隠すように窓に目を向ける。
 視線の先では深い藍色の海と空に宝石のような明かりが映えていて、見ているだけで心が洗われそうだ。

「……みんなに喜んでもらえそうって点では、こういう夜景が綺麗な結婚式場もよさそうだね。このホテルにもチャペルがあるみたいだから、見学できるか調べてみようか」

 陸が言うと、優美の笑顔が大きくなった。

「うん! じゃあ、ブライダルフェアがあるかどうか、一緒に調べてみようねっ。すごく嬉しい。楽しみ!」

 大輪の花のようなその笑顔は、大聖堂で見た花嫁よりも綺麗だ……なんて思うのは、ひいき目で見過ぎだろうか。
 そんなことを考えて目尻を下げつつ、陸は思うのだ。
 こんなふうにお互いの気持ちを伝え合っていけば、きっと自分たちらしい良い式ができるはずだ、と。

(文/ひらび久美)

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